母は料理がそんなに得意ではないと思う。

と、いうのも初めて見るレシピでも大さじ小さじを使わずに適当に調味料を入れるわ、肉のグラムを考えずに買うわ。そりゃたまにすごい物ができるだろう、という感じである。

カレーは何故かいつも水っぽくて三日目になるとようやくトロッとして美味しい具合である。ロールキャベツは綺麗にタネとキャベツが剥がれミルフィーユ鍋のようになっている。

母の大雑把な性格は全て私が引き継いでしまっているので、一人暮らしを始めて一人で料理をしても「大さじはこーれくらい」と醤油をドボドボ入れて味が濃くなるので、母の事を言えない。

◎          ◎

そんな母が毎日欠かさず用意してくれたのが猿が描かれた黄色い二段のお弁当である。一段でも大変だろうに、その頃の私は食べ盛りだったらしく二段弁当でも三時ぐらいになるとお腹を鳴らしていた。今思えば男子達と同じ量を食べていた気がする。

母は私とほぼ同じ時間に仕事に出る為、いつも私より三十分も早く起きて作ってくれていた。眠い目を擦りながら朝ご飯を食べている私の横でせっせと詰めていてくれたのを思い出す。

そんなお弁当の中身はほぼ冷凍食品で出来上がっていた。少しだけ友達のお弁当を横目で見て手作りのオムライスや生姜焼きが入っているのを羨ましいと思った事がある。でも、母は冷凍食品を飽きないようにと毎日中身を変えて詰めてくれていた。緑があったほうがいいとほうれん草のソテーとか切り干し大根も入れてくれてたな。
「今日は蓮根の挟み揚げ入ってるわよ、これ好きでしょ」
と、たまに私の大好物を入れてくれるのが私の楽しみだった。

◎          ◎

ただこのメンツの中で唯一変わらないものがあった。それは母が朝から作る卵焼き。

甘くない。シンプルに塩と味の素と卵一個。卵焼きだけは皆勤賞だった。お弁当の脇役ながらも彩りを良くしてくれるし、濃いおかずの後に食べると口がリセットされる万能おかずである。

私は母の卵焼きが大好きだ。卵一個しか使ってないのに器用にクルクルと巻いて隙間にいつも入れてくれている。
「もう二段目を全部卵焼きで埋めてくれたらいいのに」
いや、流石にそれは違う。他のおかずがあるからあの良さが出るんだろう。たまにプチトマトと隣り合っていて生温いプチトマトに顔をしかめたこともあるけれど。

高校生の時に好きな子に朝五時から起きてお弁当を作った事がある。おにぎり、唐揚げ、野菜の肉巻き。我ながら上手くいった。さあ、最後は卵焼きだ。

ところがどっこい。全然巻けない、調味料を入れても味がしない、焼き色がつく。母のようにはいかず、結局三回やり直してようやく食べてもらえるレベルに仕上がった。

いつも見ているあの器用な巻きは私にはまだ早かったらしい。母の卵焼きの偉大さをまたここで感じてしまった。

◎          ◎

あれから一人暮らしをしている私は、卵焼き用フライパンを買ってようやく卵一個でも綺麗に巻けるようになった。でもあの絶妙な塩加減はまだ母にしか出せない。

多分これからもずっと。