営業職には、嫌悪感を抱いていた。
取ってつけたような、仮面のような営業スマイル。打算に満ちたお世辞。「あなたのためだ」とこじつけた、優しさという名の押し売り。常に数字に追われて余裕のない目。
それらすべてが、私は嫌いだった。

どこか薄っぺらく感じられて、相手のためではなく自分の評価や数字のために動いているように思えたからだ。私は、そういう人間にはなりたくないと思っていた。

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嫌いな私が、営業職に就いた。
大学1年の春休み。時間がある今のうちに、少し背伸びをして、いろいろな世界を見てみたい。そう思って、長期インターンに挑戦することにした。

業界で言えば広告や食品、不動産。職種ならコンサルティングや企画。絶対に避けたかったのは、業界を問わず営業職だった。

けれど、世の中はそう都合よくできていない。インターン求人の多くは営業職で、それ以外の職種は高学年限定だったり、スキルや知識を求められたりした。薬学部の1年生で、ビジネス経験もスキルも何もない私には、エントリーすらできないものばかりだった。
自分に合った長期インターンを紹介してくれるというサービスに登録してみたが、それでも勧められるのは営業職ばかり。やっぱり私には無理か、と思い始めていた時、その担当者さんが言った。
「うちの会社は、結果を出せば、自分のやりたい仕事にチャレンジできるようになりますよ」
「結果を出せば」というあいまいな条件に半信半疑だった。でも、このまま何もせず春休みが終わっていくのも、もったいない。私は開き直って、その言葉に乗った。

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かくして私は、人材系企業の営業インターン生として働くことになった。
主な仕事はテレアポ。いわゆる、電話営業だ。顔の見えない相手に、明るくハキハキと、時にお世辞を交えながら、自社サービスを提案する。ひとりで何十件も電話をかけては断られ、たまに話を聞いてもらえたかと思えば、担当者不在で終わる。お世辞を言っても、営業スマイルを電話越しに意識しても、報われない日も多かった。

気づけば私は、自分がかつて軽蔑していた営業職のイメージにぴったりとはまっていた。
それでも、不思議と辞めたいとは思わなかった。思っていたよりずっと、営業は「人」と向き合う仕事だったからだ。

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ある日、とある中小企業の社長が、私の電話を丁寧に聞いてくれた。少し冗談を交えながら、「君みたいに一生懸命なのは気持ちがいいね」と言ってくれた。

そして数日後、実際に商談の機会をもらい、社員さんと一緒に訪問することになった。そこではじめて、営業という仕事の裏にある「信頼構築」という言葉の重みを知った。

数字を追うのは、たしかにプレッシャーだ。でもその数字の先には、誰かの課題があり、誰かの不安がある。その声に耳を傾け、向き合う努力を重ねることが、結果的に数字になるのだと気づいた。お世辞も、営業スマイルも、すべてが嘘ではなかった。ただの表面的なツールではなく、相手と話すための入り口だったのだ。

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もちろん、私がまだ見えていない側面もたくさんあるだろう。それでも、私はこの春、自分の嫌いだった仕事を通して、自分の偏見に少し風穴をあけることができた気がする。
営業職は、たしかに厳しい仕事だ。でも、同時にとても人間くさい仕事でもあった。
今の私は、営業職が「好き」だとは言い切れないかもしれない。でも、「嫌い」と言い切ることは、もうできなくなっている。