「あれ、もしかして髪の毛染めた?」

自分の姿を目にして驚きの視線を向けられた時の感覚は、今までの人生では体験した事のない、少し恥ずかしくもあり、しかしそれ以上に心地よく幸福感に満ちたものでした。

◎          ◎

私が初めて髪の毛を染めたのは大学に入学したその年の事です。同級生たちは高校卒業後すぐに髪の毛を染め、ピアスを開け……と制限の多かった校則から開放されるや否や、タガが外れたかのようにこれからの新生活に向け準備を進める子もいましたが、私はその段階ではまだそういう発想に至る事はありませんでした。

当時、勝手な偏見ではありますが、何となく髪を染める=素行が悪い、といったイメージが自分の中にあり、両親もあまりそういった事に対して良い気持ちを抱かないのではないか、と色々考えてしまっていたのです。

そのため、高校卒業後に会った友達が髪を染め、覚えたてで少しぎこちないとはいえ化粧をしている姿を見ると、少し会わなかっただけで自分より何倍も大人びてしまったような感覚に陥り、驚きと共に少し寂しい気持ちになってしまいました。

そういった姿を見てもあの時はまだ、自分もそうなりたい!真似したい!というよりは皆何でそんなに急いで大人になろうとするんだろう、と自分だけが置いていかれてしまったような喪失感の方が強かったように思います。

とはいえ、私も大学に入学し高校時代とは全く異なった環境に身を置いていくうちに、やはり周りに感化され、少しずつ化粧を覚え、また服装もこれまでとは違ったものへと段々進化を遂げていきました。

◎          ◎

そんな中で当初はあまり良いイメージを持っていなかった髪の毛を染めよう、と決意するきっかけになったのは大学で入ったサークルに気になる人ができたことでした。

非常に単純、というか短絡的な考えではありますが、見た目を変える事によって少しでもその人の気を引きたかったんですよね(笑)

実際、サークルにいる周りの女子たちは皆可愛く、髪染めはもちろんピアスも開けていつもキラキラとした格好をしている子が多かったため、その中で少しでも私も目を引くような存在になりたいな、という強い思いもありました。

今となっては、美容院に行ってカラーをするなんて当たり前の事であるため、一度やってしまえば何の変哲もないこと事ではあるのですが、初めてだと勝手も分からず最早未知の世界であり、やはりとてもドキドキしたのを覚えています。

そもそも自分に似合う色も分からないし、もし染めて今より変になってしまったらどうしよう……綺麗になって垢抜けるために髪を染めようと思ったはずなのに、美容院に行くまではマイナスなイメージと不安ばかりが自分の頭の中をグルグル錯綜していました。

しかし、実際に美容院に行くとプロから初心者でもやりやすいカラーを教えて貰え、施術が終了し地毛の黒から染め上がった鮮やかなブラウンに身を包んだ自分の姿を見た時は、あ、色が違うだけでこんなに変わるんだ……ととても感動したのを今でもよく覚えています。

とはいえ、それはあくまでも自分の主観であるため、自分ではそう思っても果たして周りの反応はどうなのだろうか……。

◎          ◎

髪を染めたその日はそのまま帰宅し、次の日は大学の授業は休みであり、あるのは所属するサークルの予定だけでした。そのため、染めた直後に部室に顔を出す時は本当にめちゃくちゃ緊張しましたね。

変に思われたらどうしよう。でも逆に何も触れられなかったらそれもそれで結構キツいな……。

様々な思いが錯綜する中、私は恐る恐る多数の人々が集う部室のドアを開けました。しかし、中に入るや否や、私の姿を目にした女子があれ!と声を上げたかと思うと、その後もそれにつられたかのように周りにいた人達が次々とこちらに反応をしてくれたのです。

「もしかして髪の毛染めたー?」
「凄い!似合ってる!」
「雰囲気違ってお姉さんっぽくなるね」

その反応は自分が思った以上のものであったため、若干混乱してしまいましたが、皆の視線に顔が火照るのを感じつつも、その時にやっぱり勇気を出して良かったなぁと心から強く感じました。

◎          ◎

ちなみに、件の気になる人はその日は来ておらず、その後も中々顔を合わせる事がなかったため、結局その事には触れられませんでしたが、元々はその人のおかげで一歩を踏み出す事ができたため、これはもう結果オーライです(笑)

髪の毛を染める、というのは誰にでもできるほんの小さな事ではありますが、きっかけはどうであれ少し勇気を出して自分を変えてみる、気になっている事に手を出してみるのは人生において大切な事であるのだな、としみじみと感じた大事な経験です。