愛していると言えばよかった。世界で一番好きだった、船乗りの彼

彼にもう一度会えるなら、「世界で一番好きな人」と伝えます。
よくある恋の話です。
私が23歳のときに恋をしたのは、船乗りでした。大人で、堂々としている彼ですが、恋愛に関してはどうしてか自信がなく慎重な様子でした。
5回目のデートの帰り道、地下鉄の駅のホームで。
緊張した面持ちで、そっと手を繋いできた彼のことをとても愛おしく思ったことを昨日のことのように覚えています。
一度船に乗ったら半年は帰ってこないのに加えて、連絡不精な彼との恋愛は前途多難でした。何度も何度ももうこんな恋は放り投げてしまおうかと思い、彼に喧嘩を仕掛けたこともありました。実際に彼と離れてみたこともありましたが、どうしても彼のことが頭から離れません。今も。
当時の私は彼のことを心から愛していたけれど、上手に愛することは全くできていませんでした。
「愛しているよ。会えなくて寂しいよ。もっと一緒にいたいよ」
こんな言葉を素直に伝えることができなくて、後悔の連続です。
そんな彼に、一度こんなことを聞かれたことがあります。
「あなたにとって僕はどういう存在なの?」
一番の後悔です。愛してると言えば良かったのに、逃げてしまったんです。今だったら、世界で一番好きな人だよと心から言えるのに。
幸せだったことは、たくさん覚えています。
二人で近所の居酒屋に行くとき、手を繋いで畑の傍の細い道を通ったこと。
買ってきた苺のショートケーキにスーパーで買った苺を追加で乗せて深夜に食べたこと。
落ちそうになりながらシングルベッドで二人で寝たこと。
彼が作ってくれた麻婆茄子が世界で一番美味しかったこと。
彼に教えてもらったことも、たくさんあります。
二人でよくドライブした阿蘇の山々は、季節によって景色がまったく変わること。
この世界にはあんなに大きな船を動かす、かっこいい仕事をしている人たちがいること。
人を愛するのはこんなにも難しいということ。
彼と最後に会った日から、もうすぐで一年が経とうとしています。
最後に会ったのは雨の日の東京タワー。
それだけ聞くとなんだかドラマチックだけど、実際は全然そんなことなかったんです。
恥ずかしながら私の去り際もあまり綺麗ではなかった。終わりはまるで、製作費の安いネット配信ドラマくらいチープなものでした。
よくある恋の終わり方です。
失恋してもおなかはすくし、仕事をしないといけないし、家事をしないと生活が立ち行かない。大人だから、失恋したって涼しい顔で職場に向かいます。
"たゆたえども沈まず"というのは、幾度となくセーヌの氾濫に苦しめられたパリ市の標語だそうです。心が揺さぶられつつも、なんとか沈むことのないようにたゆたっている最中の私。もし彼にもう一度会えることがあったらきっと、心はさらに大きく揺さぶられるのでしょう。それでももしもう一度あなたに会えるチャンスがあるならば、あなたが世界で一番好きな人だと伝えたい。
この1,200字は、あのとき伝えられなかったラブレターです。
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