言えなかった一言を届けられた日。あのとき救われたのは私だった

高校1年生のとき。
クラスの子達とも慣れてきた6月頃、お昼休みに2人の女の子と昼食を取りながら話していた。
今日の体育さ〜あれ面白かったよね!なんて笑いあってから会話がひと段落すると、1人の女の子が「あの、引かないでくれる?」と恐る恐る聞いてきた。
さっきまで盛り上がっていたので、急にどうしたのだろうかと心配しつつ「引かないから大丈夫だよ。どうしたの?」と背筋をピンと伸ばしてその子の目を見て真剣に伝える。
少しほっとした様子で彼女は意を決して話し始めた。
「実は、お母さんがいないの。もうこの世に」
その言葉を聞いて私は正直、なんだ、そうだったのかと安堵した。
もちろん、彼女にとって辛い経験なのはわかるが「片親だから」という理由では私にとって引く理由には全くならないからだ。
そして私は彼女にこう言葉をかけた。
「なんだ〜!そんなことで全然引いたりしないよ!」
あ、しまった。
これは言葉の選び方を間違えた。
彼女にとって「そんなこと」ではないから私たちに慎重に打ち明けてくれたのに。
それを私は大したことないような言い方をして、
私の言葉を聞いて彼女は「本当に、?そう言ってくれてありがとう」と緊張の糸が緩んだように微笑んで言っていたが心の中でずっと、酷いことを言ってしまったと後悔していた。
1ヶ月後、私は彼女と2人でボランティアに参加することになった。
少し罪悪感を抱えつつボランティア活動に取り組み、終わったあと一緒に帰ることになった。
なかなか2人きりになるチャンスはない。
ここで謝らなかったら後悔する。
そう思い、彼女と並んで歩いていた足を止め
「あの!謝りたいことがあって!」と彼女の背中に向けてハッキリと言った。
すると彼女は振り返り不思議そうに「どうしたの?」と聞いてきた。
心臓の音が響く。謝らなくてもこの1ヶ月変わりなく過ごせてたのなら伝えなくてもいいんじゃないか。嫌われて当然だけどいざ嫌われていた事を知ったら辛い。
でも、彼女がずっと傷ついたまま無理をして私に作り笑顔をして過ごしていたとしたら?
傷ついた言葉を飲み込んで笑顔で接する苦しさを私は知っている。
だから言わなきゃ、許されなくてもいい。
私が悪いことをしたのに保身に走るな。
そう覚悟を決め、深く息を吸って伝えた。
「あのとき『そんなこと』って言ってごめん!あなたにとっては全然そんなことじゃないのに」
面と向かって謝ることなんてそうそうないからドキドキしながら彼女の言葉を待つ。
すると彼女は目を開いて驚いた様子でこう言った。「え!むしろ救われたよ!?ずっと片親なことを気にしていたからすごく嬉しかった」
予想外の言葉を貰い私も「え!?」と驚いたと同時に思わず泣いてしまいそうだった。
私はずっと彼女を傷付けてしまったと思っていた。
でも彼女にとっては大きな救いになっていた。
私が謝らなかったら一生知らず、ただ後悔を抱えて生きていただろう。そう思うと心の底から謝ってよかったと思った。
も〜、そんなに気にしてたの?笑
だって、傷付いていたら嫌じゃん!
と笑いあって帰ったあの日の経験は一生忘れないだろう。
素直にごめんねを伝えるのって勇気がいる。
ごめんを伝えなくったってうまくその人との関係は回っていくかもしれないし、自分のプライドも守れるかもしれない。
でも、彼女が私の言葉に救われたことを知ってすごく、すごく嬉しかった。
こんなに嬉しいことを知れたのは、勇気をだして素直に謝れたからだと思う。
もしかしたら、本当に傷ついていたパターンもあると思うし、関係が悪化することだってある。謝られたらからって必ず許すことなんてないし。
けれど、私は自分の過ちと向き合って素直に伝えたい。全てが悪い方に行く訳では無いし、許しあって、本音をさらけ出しあった後には今よりも、深い心の繋がりが生まれているかもしれないから。
素直に謝れないあなたへ。
悪いことをしたかもしれない。
でもね、間違いと向き合って素直に伝えることは誰でもできることでは無いの。
だから、素直に謝れたあなたは素晴らしい。
もし、素直に謝る勇気が出なかったら、この言葉を思い出して。
怖いけれど、一歩踏み出してみよう。
心の中で、応援しています。
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