ショッピングセンターにいたムーミンの青い瞳と目が合ったとき

私は今年で19歳になる。
そんな私にも、「人生で初めての一目惚れ」があった。中学3年生、卒業式を間近に控えた春のある日。相手は人ではない。ムーミンの、あまりにも大きなぬいぐるみだった。
その日は、家族でショッピングセンターに出かけていた。1週間分の食材の調達と服などの買い物をする、いつもと変わらない休日だった。何気なく立ち寄った店の一角。そこに、ぽつんとベンチに座っていたムーミンとスナフキンが目に入った。その瞬間、私は足を止めた。
ふたりは本当に仲良さそうに並んでいた。白くてふわふわのムーミン。その隣には、緑の帽子を被ったスナフキンが寄り添っている。まるで物語の世界からそのまま抜け出してきたようだった。そして、私はムーミンの青くて大きな瞳と、目が合ったような気がした。
そのムーミンは、本当に大きかった。どれくらい大きいかというと、家の車の運転席に座らせると、外から見ても頭がしっかりと見えるほど。まるで運転しているように見えるくらいの存在感だった。
「……欲しい」
気づいたときには、私はそのぬいぐるみの前で立ち尽くしていた。ふと口からこぼれたその一言に、隣にいた母が驚いた顔で私を見た。
ムーミンが好きになったのは、母の影響が大きい。母はムーミンが大好きで、私が小さいころから絵本やアニメをよく見せてくれていた。幼いころには、家族でフィンランドのムーミンワールドに旅行したこともあった。私はそこで、ゆっくりと彼らの物語の世界に魅了されていったのだ。
だからこそ、あのムーミンとの出会いは、まるで運命のようだった。
私は両親に「卒業祝いに、あのムーミンが欲しい」とお願いした。ふたりは少し顔を見合わせてから、「高校でもきちんと勉強して、学校を休まずに通うならね」と微笑んでくれた。
その瞬間、胸がいっぱいになった。一瞬だけ「あれ、本当に売り物なのかな?」という疑念がよぎったが、店員さんに尋ねると、「はい、こちら値札になります」と笑顔で案内してくれた。どうやら、あの大きなムーミンにも、ちゃんと「値段」がついていたのだ。
購入手続きを終え、大きなムーミンを抱えて駐車場まで歩いたときのことは、今でもはっきりと覚えている。買い物客が行き交うショッピングセンターの中で、私はまるで注目の的になっているような気がした。小さな子どもが私のムーミンを見て指をさし、大人たちも思わず振り返っていた。
でもその視線は、少しも恥ずかしくなかった。むしろ、私はムーミンのぬいぐるみを胸を張って抱きしめ、自慢げに歩いていた。「私の大切な友達を紹介します」と言いたくなるような、そんな不思議な気持ちだった。
その翌週、私はもう一度同じ店を訪れた。ふと、ベンチの様子が気になったのだ。
しかし、そこにはもう、スナフキンの姿はなかった。ベンチにはムーミンパパとムーミンママのぬいぐるみが並んでいて、あのときのムーミンとスナフキンの空気感はもう残っていなかった。そして、どのぬいぐるみにも値札は付いていなかった。もしかしたら、私が一目惚れしたあのムーミンは、たまたまそのときだけ「売られていた」のかもしれない。
ほんの一瞬の偶然で出会い、ほんの少しの勇気で手に入れたムーミン。今では私の勉強机の椅子に堂々と座っている。高校生活、楽しいこともつらいこともあったけれど、約束通り学校に毎日、通い続けられたのは、私のムーミンがそばにいてくれたからかもしれない。
あのときの高揚感と、胸の奥にじんわり残る温かさを、私はきっと忘れない。
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