一目惚れの対象は人だけではない。
財布や鞄、車やネックレス、ペットなど様々あるが、私の場合はぬいぐるみだった。
なんのぬいぐるみかというと、漫画・アニメで人気な「夏目友人帳」に出てくるニャンコ先生だ。
ある日、ショッピングモール内のゲームセンターの前を通りすがった私は、直径60センチほどの大きさのニャンコ先生がクレーンゲームの中にたくさん陳列されているのを見た。
◎ ◎
当時、夏目友人帳は好きだったがグッズを収集するほどではなかった。
高校生までは好きなアニメや漫画のグッズが欲しくてたまらないという時もあったが、大人になってからは、そういった欲はなくなってしまったのだ。
私はこの夏目友人帳という漫画の世界観が好きだ。
妖と人間との間に生まれる優しい世界観が、日々の生活で黒く染まった私の心を浄化させてくれるのだ。
その漫画に出てくるニャンコ先生は猫というのもあって可愛いなと思うくらいであったが、
なぜかこのぬいぐるみだけは絶対に手に入れたいと思ってしまったのだった。
ハートのサングラスを額につけ、ウインクをして片手を上げているニャンコ先生。
写真を撮らずにはいられず、気づけば大の大人がゲームセンターの前で1人で何回も写真を撮っていた。
欲しいとは思っても、クレーンゲームましてや大きなぬいぐるみを取ったことはない。
そもそもゲームセンター自体あまり行ったことがなかった。
周りは土曜日ということもあり子供が多く、ずっとニャンコ先生を見ていたいという気持ちを抑え、その日は何度も振り返りながらゲームセンターを後にした。
◎ ◎
後日私はあのニャンコ先生が欲しいと思い、意を決してゲームセンターに来た。
人目を気にせず集中できるように平日の日中、人が少ない時間帯を狙った。
ここに来るまでの間、私は何度も写真に撮ったニャンコ先生を見返した。
可愛いという気持ちと、本当にこのぬいぐるみが必要かという理性との葛藤の日々。
私はクレーンゲーム成功法の動画を何回も見てイメージトレーニングをした。
理性が欲に負けた時、お金を無駄にしないために動画を見続けた。
そして私は2週間か3週間ほど時間をあけて、もう一度見てそれでも胸がキュンとなったら挑戦しようと思いやってきたのだった。
久しぶりに実物を見るニャンコ先生は胸がキュンどころじゃなく、締め付けられるほどだった。
理性なんて関係なかった。
可愛すぎる。今すぐにギューってしたい。
私は財布に手を伸ばし、100円玉をゲーム機に入れていた。
1回500円で3プレイできる。
あの動画のように、まず横になっているニャンコ先生の足にクレーンをひっかけ、バウンドさせて徐々に出口の方に移動させ、なんと5プレイで取れたのだった。
あと1プレイ残して1000円でニャンコ先生を手に入れることができた。
初めてのクレーンゲームだったので褒めて欲しいという気持ちもあったが、
ニャンコ先生を手に入れたという嬉しさと早く家で堪能したいという興奮をなんとか胸に仕舞い込み、
大きなぬいぐるみが入る透明な袋を店員さんから貰い、ニャンコ先生を見せびらかしながら帰宅した。
◎ ◎
今もまだニャンコ先生のぬいぐるみは部屋に置いてある。
これまで部屋にぬいぐるみを置いたことはなく、最初は違和感があったがすぐにそこにある幸せに毎日和むようになった。
どうしてこれほどまでに欲しくなったのかはわからない。
他のニャンコ先生のぬいぐるみを見ても、お金をかけてまで欲しいとは思わない。
これが一目惚れというものなのだったのだろうか。
私は誰かに一目惚れなんてしたことはないが、もしこの先、人に対して一目惚れすることがあるのなら、それは「欲しい」という表現は相応しくないとは思うが、手に入れたくて仕方がなく、そのためならどんな行動でもしてしまう。
それが一目惚れなのだろう。