「え、まだ実家暮らしなんだ?」
そう言われたのは、職場のちょっとした雑談の中だった。何気ない一言。
でも、胸に小さな棘のように刺さった。

20代後半。
結婚を考え始める年齢になって、周囲では一人暮らしをしている人が増えてきた。

自立していて、生活力があって、自分の暮らしをしっかりと持っている。そんな姿を見ると、「そろそろ私も…」と思う。けれど私は今も、実家暮らしをしている。

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マッチングアプリのプロフィール欄に「実家暮らし」と書くとき、どこかでためらっている自分がいる。

世間的に見れば、やっぱりマイナスポイントになる気がするからだ。
実際、ネットでも「実家暮らしの女性はちょっと…」というような意見を目にしたことがある。
もちろん、経済的な理由で実家にいる人もいるし、家庭の事情を抱えている人もいる。
だけど、私の場合はちょっと違う。
正直、一人暮らしをしようと思えばできる。実際にしていたこともある。

収入もあるし、家事もひと通りこなせる。実家が息苦しいわけでもない。
じゃあ、なぜ実家にいるのか——。自分でもその理由を、ずっと明確に言えなかった。

ただ一つ言えるのは、「一人暮らしをしていない私はダメだ」と自分を責める気持ちが、どこかにあるということ。
誰かに直接そう言われたわけじゃない。
でも、社会の空気の中に、「大人なら一人暮らしして当たり前」という目に見えないプレッシャーがある。

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「一人暮らしをしていない私はダメだ」

そして私は、その強い強要を自分に向けてしまう。

「自立してないと思われるかも」
「家事能力がなさそうに見えるかな」
「親に頼ってるって思われるよね」

そんな風に思うたびに、自分が小さく縮こまってしまう。
だから、つい一人暮らしをしている“フリ”をしたくなる。
けれどそうやって自分を偽ると、今度は自分への信頼が揺らいでいく。

歳を重ねるにつれて、「こうあるべき」がどんどん厳しくなるのを感じる。

学生の頃は、「まだ若いから」で許されていたことが、20代後半になると、「なんでまだそれなの?」に変わっていく。

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でも最近、少しずつ気づき始めた。

私は“できない”から実家暮らしをしているわけじゃない。
“あえて”実家にいることを選んでいるのだと。
親と過ごせる時間が、今しかないと感じているから。
母と何気なく夕飯を作ったり、父とテレビを見ながら他愛もない話をしたり。
それが、思いのほか自分の心を穏やかにしてくれている。

それに、私は節目を、自分のタイミングで迎えたい。

一人暮らしはきっと、また別のフェーズの中で、自然とやってくるのだと思う。

無理に「世間が求める大人」になるための一人暮らしではなく、自分が必要だと感じて乗り気になったときに選べる自分でいたい。

婚活市場で減点されるのが怖い、という気持ちはまだまだある。
でも、それよりももっと大事なのは、今の私がどんな理由でどんな選択をしているかを、自分自身が理解していることだと思う。

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「まだ実家暮らしなの?」と聞かれたら、ちょっと笑ってこう答えたい。

「うん。でも、ちゃんと理由があるんだ」

誰かの評価に合わせて生きるより、自分の暮らしに納得していたい。選択している感覚を持って。

一人暮らしでも、実家暮らしでも、自分で自分の生き方を選べることが、たぶん本当の自立なんだと思う。