君に、あの日越しの片想いができたら―――

高校に入って数日の頃、すべてが新鮮に感じ、新しい制服がうれしくて無駄に大きく動き回って、僕は、親友と体育館掃除へ向かった。早く体育館についた僕らは、ステージに肘をつき生産性のない会話をしていた。

僕の足元に、何かが当たった。まるで音がなく、僕ら以外に人がいることに気づかなかった。

◎          ◎

「すみません」

振り返った僕の足元には、サッカーボールが音もたてず転がっていた。僕はそれを拾い、声のする方へ一歩向かった。
顔を上げた僕の前には、僕があの頃恋をした君がいた。

僕が君に一目惚れをしたのは、中学一年の春の日だった。あの日、中体連壮行会があって全校生徒が体育館に集まった日、
春の日差しが注ぎぽかぽかする午後だった。僕は眠気と戦い、あくびをこらえるために時々下をむいた。

「つづいて、サッカー部の皆さんお願いします」

僕が顔を上げたとき、恋は始まっていた。何気なく視界に入った景色をもう一度見るように、僕は目を見開いた。一言もしゃべらずステージに立つジャージの君に、僕は恋をした。まじめな人が見たら注意しそうな、目にかかった前髪に僕はきゅんとした。

僕らが並ぶ列と壁の間の狭い通路を、僕らにぶつからないように壁に肩をぶつけながらいつも通り歩く君のことを、もっと知りたいと思った。

◎          ◎

僕の気持ちだけを綴った紙、みせるつもりとか届けるつもりはなかった。だけど、届くことになっていたんだと思う。
君にその紙が届き、僕は返事を待った。返事というか、君がどういう反応か知りたかった。その数か月後、君が卒業してしまうから、
僕はせめて、君がどう思ったのか知りたくて友達にお願いして聞きに行ってもらった。

「「迷ったけど、…ごめんね」って」

思えば、君への一方通行だった。

君へ、二度目の片想いは、またもう一度、春に始まり冬に終わった。君から転がってきたサッカーボールで、僕は感覚的に、そしてあっという間にまた恋をした。
ボールを渡したとき、ちゃんと頭を下げるところに僕はきゅんとした。数ミリ触れた指先が、きゅんと、苦しかった。微熱のような…
また僕は、君が好きだと思った。けどやっぱり、君について、かろうじて学年と部活、名前しか知ることはできなかった。

だけど僕は、それ以外のこと、誰よりも気づいていたんだ。狭い教室、勢いのままに離席した誰かのイスを、そこを通ろうとする女子がぶつからないようにさりげなく戻してあげたり、廊下の反対側、同じクラスの女子たちが教室に入るタイミングを先に譲ってあげるため歩幅を狭くしたり、他の誰も気づかないようなこと、僕だけは…

二度目の片想い、僕に夏が来た。もう一度、意図せず君から、僕の指先が触れた。どきどきした。ぽかぽかする春の日より、君が眩しかった。

◎          ◎

今度は、ちゃんと僕から君のもとへ走った。外には重たい雪が降り、君の前髪が濡れていた。僕のせいだ。教室で待っててくれたのに、君を前にすると、僕は僕に自信を持てなくなって…「あいつ、校門で待ってるよ」僕は何も考えず、肘の下まで制服のシャツをまくったまま、君のいる校門まで走り、「先輩」と呼んだ。

君は何も言わず聞いてくれた。僕が今から言うこともすべてわかっていた。

「先輩、好きです 先輩の優しいところ、ほかにも全部、好きなんです」

息切れなのか緊張なのかわからない細い声で僕は君に伝えた。少しの沈黙の後で君はこう言った。

「おれもう卒業だから、今みたいになかなか会えなくなるけど …いいの」

やっぱり君は、断るときも優しいんだ。そう僕は思って、お礼だけして、白いコンクリートの上を、数分前の自分の足跡を見ながら歩いた。

優しい君へ、僕の思い込み。

 …「ここで、おしまい」 

君に、あの日越しの片想いができたら―――
僕は、僕しか知らない、優しい君が大好きでした。