大学1年生の春、私は一人暮らしを始めた。小学生の頃から高校生までずっと実家がどうしても好きになれなかった私は、小さな城を手に入れた気分だった。
1Kの狭くて小さなその部屋は、私にとって自由の象徴だった。誰にも邪魔されず、私が私のままでいられる唯一の場所だった。

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一人暮らしを始めると、家族のありがたみを肌で感じると聞いたことがあった。洗濯、掃除、料理はもちろん、自分の身は自分で守らなければならない。

親から「家事は大変だ」「火事しないようにね」「ストーカーに気をつけて」「世の中怖い事件が沢山起こっているから注意するように」「外に出る時は、絶えず周りを見て、車に轢かれたり、連れ去られたりしないように」と毎日のように警告文が送られてきた。

しかし私は毎日快適に暮らしていた。誰にも邪魔されず、好きな時間に好きなものを食べ、好きな時間に風呂に入ることができる幸せ。部屋が散らかっても、洗濯物が干しっぱなしでも、咎められることはない。勝手に大事なものを捨てられることもない。

毎日コツコツ家事をしないと、そのツケが数日後の自分に回ってくるのだけれど、それもまた、楽しいのだ。「あーぁ、なんでこう部屋がぐちゃぐちゃになっちゃうんだろう」なんて呟きながら、せっせといらないものをゴミ袋に入れ、掃除機をかける時間もまた、この上なく愛らしいものだった。

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そんな一人暮らしは8年目に突入した。自由なおひとりさまを謳歌し続けた私は、一生独身であることを覚悟していた。ひとりで生き、ひとりで好きなものを選び、ひとりで死ぬ。美しいとさえ思っていた。

しかしある日、本屋さんで私の人生は変わった。太陽のような笑顔の男性に一目惚れをしたのだ。ドラマのような話に聞こえるが、本当にあった嬉しい話。
一眼見てその笑顔に惚れ、連絡先を交換してもらった。5つ年上で、奥手で、可愛くて、私と一緒で本と旅が好き。運命という言葉が相応しいと思った。

意気投合し、なんと交際せずに婚約を受け入れた。まさに、交際0日婚というやつだ。

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そんなこんなで、「他人と同じ屋根の下で暮らす」という私が想定もしなかった時間が始まった。同居する前、私はどれだけそのことに不安だったか。

週末婚とか、単身赴任ができないかと考えていた。そんな私が提案したのは、できる限り大きい家に住むこと。寝室、夫の部屋、私の部屋が確保できるよう、3LDKの住まいを探した。

しかし、暮らしてみるといとも簡単に価値観は変わる。常に、一緒にいるのだ。一緒にご飯を食べ、一緒におうち映画鑑賞会をし、同じソファで並んで本を読むようになった。お互いの部屋はいつも空っぽ。
そして思う。人と暮らすのもいいなぁと。一人暮らしがこの世で1番幸せだと確信していた私。そんな私が今、「そろそろお風呂に入ろう」とか、「ご飯食べよ」とか、「食べ終わったら、食器はすぐに片付けないと」とか、「車に轢かれないでね」とか言ってくれる夫との生活に、幸せを感じている。

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一人暮らしも、誰かと暮らすことも、どちらにもそれぞれ工夫が必要で、どちらもきっと良いところと不便なところがある。暮らしって面白い。

私たちにもしも子どもが生まれたなら、「実家暮らしは結構自由で楽しかったかも」と将来思ってもらえるような家庭を築きたいと思う。そこには、家族だからって束縛しすぎない、じっと見守る、そんな努力が必要だと思う。

そして子どもには一人暮らしを経験させてあげたい。適切なタイミングで親元から離れて、世の中がどれくらい厳しくて、優しいのかを知れると思うから。そして、ひとりでも楽しめる強さは、生きる上で大事だと思うから。