先日、主人から「『日本人初 国際子ども平和賞』をYoutubeで検索して」とメッセージが届いた。このように突然おすすめの動画のタイトルを教えてくるのは日常的ではあったものの、「日本人初」「平和賞」という単語が主人から送られてくるのは初めてだった。一体いつからこういった壮大な内容の動画を気になるようになったんだ、という主人の意外な一面に驚きを覚えつつ、Youtubeで検索をかけてみる。上位に表示された動画の日付は一年前。一体どうやってこの動画に辿り着いたのか、またもや新たな疑問の芽が生まれる前に、表示された動画のサムネイルを押す。

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「国際子ども平和賞」とは、オランダ・アムステルダムの国際的な児童権利擁護の非営利組織であるキッズライツ財団が主催する、子どもの権利のために大きく貢献した若者に贈られる賞である。かの有名な環境活動家のグレタ・トゥーンベリ氏、人権活動家のマララ・ユスフザイ氏も、過去にこの賞を受賞している。

二〇二二年には日本人初である川崎レナ氏が受賞した。主人が勧めてくれた動画は、彼女の受賞式の時のものだった。幼さが残る川崎レナ氏の表情はどこか硬く、原稿をもつ手はどこか心許ない。しかし、その不安を払拭するようなパワーが、彼女のスピーチにはあった。若さゆえの言葉の荒々しさと目の奥に潜む熱意に、会場の人々は魅了されていく。彼女をここまで掻き立てるものは、日本に誇りをもてないことへの「悔しさ」だった。

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私と主人は若い頃、お互い違う国ではあるが、民主主義の理想と発展にほど遠い頃の南米に住んだ時期がある。国から約束された教育と医療制度は破綻寸前に近い状態が続いており、自然による資源が豊富であるのにも関わらず、貧困問題と犯罪率が解決しないのが普通だった。富裕層と貧困層の格差は縮まることは難しく、社会問題として深く根付いている。

そういった国の現状に対し、国民は政治家たちへの批判を行う。日頃から家族や友人、仕事や学校の同僚たちと意見を交換し、時には大規模なデモにも参加して、庶民の声を政治家たちに届けるために行動をする。そして必ず選挙の時は、家族全員で参加をする。このように、幼い時から政治の話を聞いて育った子どもたちは、国の改善に対してもっと活動的である。子どもたちが長年求めるのは、教育制度の改善と質の高い教育だ。活動しなければ変わることはないと知っている彼らは、世代を超えても政治の話を積極的に議論し、デモにも選挙にも参加することはごく普通のことになっている。参加しなければ愛国者でないと、逆に批判の目を向けられることもある。

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日本という国は良くも悪くも成熟した国で、経済も秩序も安定している。安定しているからこそ政治に興味が薄らぐのか、それとも政治の話自体がタブーであるかのようにされている文化だからか。理由は分からないが、日常的に政治の話を全くしない日本人は、海外に住んでいた当時の自分としてはカルチャーショックだった。だが、いざ住んでみると感慨深いほど政治と日常は分離化されており、気にしなくても「今を生きる」ことができる。 

「政治家になる前に、かっこいい大人になって下さい」

川崎レナ氏がスピーチで言い放った言葉である。差別発言をする政治家。議会中、居眠りをする政治家。税金問題で辞任をし、責任を免れようとする政治家。彼女の純粋なこの言葉が、どうか国会にいる政治家たちに届いていることを、切に思う。

彼女のいう通り、今日の子どもたちは「政治離れの世代」ではない。政治家たちを含めた、我々大人たちが政治から子どもたちを遠ざけたのではないか。大人にならないと分からないことなんて、本当は存在しないはずだ。

私は彼女が大勢の前でこのように声を上げてくれたことに、心から感謝している。そして日本の子どもたちが「政治離れの世代」ではないことを示してくれたことで、私を含めた多くの大人たちが心を動かされたはずだ。そして彼女の姿を見た多くの若者が、彼女のように声を上げて、子どもたちの抱える問題や理想を届けていってほしい。