実家を出てから1年が経った。

彼氏の転勤についていく形で始まった同棲の後、父の転勤で実家がまた北海道に戻るとは思ってもいなかった。

◎          ◎

旭川で生まれた私は、釧路から札幌へと道内を転々と過ごしてきた。
ただ、幼稚園から高校生まで札幌で暮らしていたので、故郷といえるのは札幌だと思っている。

いまだに夢の中に出てくるのは札幌で過ごした一軒家だし、きっとどんなに歳を取っても夢で見るのはあの場所なのだろう。

母がキッチンで料理をしていて、その近くでは愛犬がおこぼれを狙っている。
夕飯を食べ、リビングのソファーでTVを観て過ごしていると、父が「ただいま」と帰ってくる。
各々の時間を過ごした後、私は自室でPCゲームをしたり、ラジオを聴きながら勉強したり、友達と寝落ちメールをしたり。
春は心地よい陽射しに目を覚まし、夏は朝のヒヤッとした寒さに起こされ、秋は少しずつ二度寝に誘われ、冬は除雪車の音が心地よく感じる。

そうやって私が育った実家は、もう違う人の住む場所になっている。

◎          ◎

彼と同棲後、初めて札幌に帰省したときは何だか変な気持ちだった。
両親のいる場所に帰るのだから心は落ち着いているのだが、「ただいま」と言葉にするほど新しい家の匂いと空間に慣れていなかった。
育った故郷のはずなのに、実家のはずなのに、家が違うだけでこんなにも気持ちが変わるのだなと不思議だった。
なんだか知らない人の家にお邪魔しているような気分だった。

両親も、まだ札幌に来た感覚が薄い様子で、家族3人で「今いるのは千葉なのかな?札幌にいる気がしないね」と言っていた。
ただ、しばらく家族3人で過ごしていると千葉で過ごしていたような気持ちになり、初めての家でもほっと落ち着けるようになった。
どんな場所でも、家族でいれば良いのだなと思えた。

◎          ◎

ふと、父から言われた。

「今のお前にとって、帰る場所はどっちなんだろうな」

彼と暮らしている家と、両親のいる札幌の実家。
そのときは明確に答えられなかった。

しばらく実家で過ごしていて、毎日のように母と晩酌をした。
セイコーマートの惣菜やお酒はやっぱり最高だなぁと思いながら、母と色んな話をしていたとき、母から「帰る場所は、もう彼と暮らしている家でしょ?」と言われた。
あぁ、母にはバレバレなんだなぁと少し泣いた。

実家を出て同棲を始めたとき、ふとしたときに泣いていた。
両親と離れて暮らすことが初めてだったし、良い歳の大人のはずなのに寂しくて仕方なかったのだ。
両親が大好きで大切だからこそ、一人娘の私が側にいなくて大丈夫かな?と心配な気持ちもあった。
でも、大人として、もう両親に甘えていてはダメだと思う気持ちが強かった。
そうやって何とか彼氏に甘えつつ、同棲を楽しみ始めていたことを、母は全部お見通しだった。

「やっぱり、帰りたい場所は彼氏のいる家かも」と少し泣きながら答える私に、母は「それでいいんだよ」と言ってくれた。
もちろん、私にとってはどっちも帰りたい場所だし、帰って良い場所だと思っている。
でも、大人としての私が必要とされているのは彼のいる場所だから。
実家は、私が子供でいられる場所であってほしい。

◎          ◎

実家を出てから1年経ち、彼と生活をともにすることも当たり前になってきた。
両親と離れて暮らすことにも泣くことはなくなった。

それでも、両親とバイバイをするときに泣きそうになるのはこの先も変わらないと思う。
実家を出ても、自立できても、いつまでたっても私は子供なのだ。