あの香水が残してくれたのは、叶わなかった恋の結末とやさしい記憶
私が初めて先輩に出逢ったのは、第2志望で入学した高校の郷土芸能部だった。
入学したての私は心から荒んでいて、第1志望に受からなかった悔しさと自責から、「なんでこんな高校に来てしまったんだろう」と思っていた。
入学して2週間経ってもその思いは変わらない。
制服を身につけ、校則通りに生活する。
どれほど嫌でも、その高校の生徒という事実は変わらないのだ。
校則で部活動も決めなくてはならなかった。
「もういっそ、入学の後悔を塗り替えるつもりでやってやろう。せっかくだから、この高校でしかできないことをしよう」と、市内で2校しか存在しない郷土芸能部の見学へ向かった。
活動場所の武道場で、5人の上級生が鼓を打っていた。
左から2番目にいたその先輩に釘付けになる。
「誠実」を擬人化したような顔立ち。
氷の柱のようにまっすぐな姿勢。
水晶を想起する透き通った声。
私は、真正面から春の突風を受けたような衝撃を覚えた。
「この高校でしかできないことをしよう」という建前。
「この先輩と一緒にいたい」という本音。
純と不純が混在した動機で、私は郷土芸能部へ入部した。
次の日からは部活のために学校へ通った。
「上手になったね」と言ってもらうためにたくさん練習した。
緊張しても話がしたくて、用意してきた話題をいくつも持ち掛けた。
でも、一緒に部活ができる1年という月日はあっという間で、交際経験のない初心な私は、高校時代に真っ直ぐな好意を伝えられなかった。
先輩が高校を卒業しても、LINEを送ったり、2人で会ったりしていた。
少しでも一緒にいたくて、あの手この手で同じ時間を過ごした。
正直、高校時代の素振りからも、先輩は私の好意に気付いていたと思うし、私のことを嫌いではなかったと思う。
けれど、「恋人」という肩書は誰に対しても考えていないように見えた。
空虚な思いを抱えつつも、やり取りを続けた3年目の冬。
私は告白するつもりで、先輩を夜の川沿いに呼んだ。
私は心から先輩が好きで、一緒にいたくて、特別になりたかった。
そして、20歳で交際未経験の「選ばれていない自分」に耐えられなかった。
これまでのやり取りから、なんとなくの予想はついている。
きっと思い通りにはならないと思うけど、もしかしたら、聴きたい言葉が聴けるかもしれない。
一縷の望みをもって、自分で自分が可愛いと思えるように演出した。
一番お気に入りの服を着て、初めて買った香水をまとった。
静かなせせらぎが聞こえるオリオン座の下で、想いの全てを伝えたのだ。
先輩はしばらく考え込んで言った。
「好きと言われて嬉しいけれど、その先に進む勇気がまだ足りない。わがままかもしれないけれど、今はこのままの関係を保っていたい」
きっとこの人は誰も選ばない。私のことも選ばない。
分かってはいたけれど「選ばれなかった自分」とこのまま帰りたくない。
せめて今この瞬間だけでいいから、先輩の特別になりたかった。
自分がけしかけたものでいいから、思い出が欲しい。
「手を握ってほしい」と、小さく震えた声で伝えた。
本当は、交際における順序を守りたい人だと思うけれど、余りに必死な後輩に同情したのかもしれない。
この日、初めて先輩の体温を知った。
凍てつく風、先輩の手だけが温かかった。
「恋人でなくてもいい。ずっと一緒にいたい」と思った。
「今だけ」の夢のような時間。全身に走る高揚感に浸されていた。
しかし、その半年後。
私は全く別の人と交際を始める。
彼は先輩によく似た見た目の、4つ年上の人。
彼からの誠実な告白だった。
本当は先輩のことが好きだった。諦めたくなかった。
誰にも選ばれない自分を肯定できなくて、私は自分の好きな人よりも、自分を好きでいてくれる人を選んだ。
私は、先輩を好きだった自分に負けてしまったのだ。
交際を始めて3日後、私は先輩にそのことを伝えた。
内側からチクリとした感情。先輩の顔もろくに見られなかった。
返ってきた言葉は「純粋に祝福します。おめでとう」と「ごめんね」
この「ごめんね」に込められた意味を、私は考えたくなかった。
私の一目惚れは、打ち上がらなかった花火みたいに終わった。
上手く咲かなかったけれど、火種は確かに存在していた。
先日、手を握った甘さを思い出すために、あの香水を手に取った。
トップノートはジャスミン。ラストノートはアップル。
それぞれの花言葉は「あなたと一緒にいたい」と「選択」
香水だけが、この結末を知っていたかのように、今も部屋の片隅に佇んでいる。

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