わたしには、忘れられない夏がある。
正確には、忘れられない「汗」がある。
◎ ◎
以前好きだった人が、死ぬほど汗かきだった。
「ちょっと汗かき」というレベルではない。
キスをしていたら、上から汗がボトボト滴ってくる。
最初、雨か涙かと思った。
それが汗だと知ったときの衝撃は、計り知れないものだった。
さらにすごかったのは、絞れるマスク。
涼しいところから外に出て、日向を10分ほど歩いた後に、マスクを外してハンガーにかけた。
その後、どこからかぴちゃぴちゃ音がする。
洗面所で水漏れしてる??
シャワー出しっぱなし??かと思いきや、マスクの下の床がびしょびしょになっていた。
あまりの衝撃に、思わずマスクを絞ってみたら、水たまりを拭いた雑巾のように絞ることができた(床でやるんじゃなかった……)。
人生の中で、マスクを絞る日が来るとは思わなかった。
彼はいつも、額からはもちろん、腕や脚、全身から滴るような汗をかいていた。
体も横にかなり大きかったし、体質もあると思うが、本当に本当にすごい汗だった。
わたしは人生で、あれほどの汗かきに出会ったことはない。
人生100年時代、20代のわたしはまだ、4分の1しか生きていないかもしれないけれど、それでも残りの4分の3で、さらにすごい汗かきの人には出会うことは無いと思う。
◎ ◎
ちなみに、汗の原因は、彼の体質だけではない。
わたしが異常に寒がりなのだ。
みんなが「暑い」と言い始める季節、わたしはとても快適に過ごしている。
夏になると、エアコンが効きすぎていて、室内は寒いことが多い。
そのため、7月に入っても室内で過ごす時間が長い日はヒートテックや裏起毛のスパッツを履いていることもある。
わたしの電気代は、一般の方と比較して、夏が安く、冬が高いと思う。
極め付けは、子どもの頃、冬に暖房を30℃に設定し、母親にブチ切れられたこと。
だって寒かったんだよねー……お母さんごめんなさい。
今思うと、さすがにおかしかったと反省しています。
みんなが「涼しい」と言い始める頃は、わたしにとって極寒だ。
冬には超極暖やダウンを重ね着、夜寝る布団は、誰もが「肩が凝りそう」と言うほど重くなるまで布団を重ねる。
汗もあまりかかない体質で、汗をかきたいがために、サウナに行くこともある。
恥ずかしながら、汗を腕からかく人がいるなんて、彼に出会うまでわたしは知らなかった(汗は額と脇ぐらいからしかかかないものかと思っていた)。
そんなわたしも、90℃のサウナに10分入れば、腕から汗をかくことができる!
代謝が上がった気がするし、痩せた気がするし、老廃物が体外に放出された気がして、素晴らしい!
汗かきの人たちはみんな嫌がるが、サウナに行かなくても汗をかける人たち、夏は外出するだけでサウナみたいでちょっと羨ましい。
そういうわけで、寒いのが苦手すぎて、体感温度が合う人がいない。
どう考えても異常に代謝が悪いので、体質改善をしないといけないとは思っているのだが、多少筋トレをしてみても、あまり変化は感じられなかった。
◎ ◎
そんなわたしと、超汗かきの彼が同じ空間にいると、どうなるか。
どちらかが、寒さもしくは暑さを我慢しないといけない。
彼は、わたしのことが大好きだったので、基本的にどんなに暑くても、どんなに汗をかいても我慢してくれていた。
「そういうところは、好きだったな」と今でも思う。
わたしは、適温で過ごす代わりに、降り注ぐ汗を受け止めなくてはいけなかった。
夏になると、今でも「キスと降り注ぐ汗」それから「絞れるマスク」を思い出す。
後にも先にも、降り注ぐ汗を受け止めるのは、あの夏だけだと思う。
彼はきっと、今年も誰かのために汗をかいているだろう。