「どちらが良い」ではなく、どちらも「私」が選んだ大切な暮らし

朝。家の中がごちゃごちゃしている。
服はソファの背もたれに乗っかってるし、食器は洗いかけのままキッチンに残ってるし、数日分の溜まった洗濯物は、洗濯機の中でふて寝している。
どこから片付けようか、そんな部屋をぼんやり眺めてて考えていると、一人暮らしの頃の2DKの部屋を思い出す。
常に整理整頓され片付いている、ホテルライクを意識した部屋。
「誰かと暮らす幸せ」を感じている今でも、こういう瞬間に、部屋がきちんとしていた空間が恋しくなる。
一人暮らしを始めたのは、大学を卒業して半年後のこと。
地元を出たくてたまらなかった。
もう見たくない景色、もう触れたくない人間関係。
「ここから離れたい」「誰にも干渉されたくない」
その気持ちだけが、トラウマの病気に苛まれた私を外の世界に引っぱってくれた。
借りたのは、県外の駅から離れたちいさなアパート。
白い壁に木目調の床。
緑に覆われた、誰もいない静かな空間。
白を基調に、色は少なく。ホテルライクに部屋を整えた。
近所や知らない商店街をひたすら歩いて、安くて美味しい野菜が揃うスーパーやお店を探すのが楽しかった。
なによりも心地よかったのは、何をしても、誰にも文句を言われないということ。
辛い光景がフラッシュバックして、突然泣いても、叫んでも、慌てたり、憐れんだ目を向けるような人はここにいない。
それが、当時に私にとって一番の救いだった。
私にとってあの部屋は静かで、自由で、気楽な毎日を与えてくれる「シェルター」だった。
もちろん、楽しいことや安心できることばかりじゃなかった。
病気のせいでうまく働けず、お金に余裕がない日々。
「この部屋に住めなくなったらどうしよう」と、いつも不安がつきまとっていた。
「寂しい」とか「もう無理かも」って思い悩んで眠れない夜が幾度もあった。
でも不思議なことに、それでも私はあの暮らしを「もう一度したいな」と思っている。
それは、自分のすべてを自分で引き受けていたから。
誰にも見せたくなかった弱さも、うまく生活できない苦しみも、あの部屋が受け止めてくれていたんだ。
だからあの頃の私を思い出すと、どこか誇らしい気持ちになるのかもしれない。
今は、素敵なパートナーと2人で一緒に暮らしている。
結婚して、部屋には毎日大好きな人がいて、ふたりで過ごす日々が当たり前になった。
隣に座って、一緒にごろごろしてくれる人がいる。
朝起きたときも、夜寝るときも、そこに「安心できる人がいる」というのは、かつての一人暮らしでは得られなかったものだ。
それでもたまに、部屋の中がなんだか自分の「理想」とズレてきたときに、一人暮らしの部屋を思い出すことがある。
あの頃は、すべてが自分の中にあった。
うまくいかないことさえも、自分の責任で、自分のリズムでなんとかしてた。
「どちらがいい」とかじゃなくて、あの頃も、今も、どちらも「私」が選んだ暮らしだ。
ただ、好きな人と暮らす日々のなかに、あの一人の時間も、そっと寄り添ってくれている気がする、という話。
今、隣にいる人がいてくれることに感謝しながらも、一人で生きていたあの頃の自分にも、時々ぎゅっとハグをしたくなる。
もしまた一人暮らしをする日が来たら、どんなふうに過ごそう。
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