拍手がぶわーっと自分を包み込むようにあたたかく迫ってくる。
舞台で歌い終わった私は、「あぁ、1歩進めた」そう思った。

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ずっと学んでみたかった歌を地元の音楽教室でこの4月から学び始めた。

子どものころ、保険会社のキャンペーンで「将来の夢についての作文を下敷きにしてくれる」企画があり、「歌手になりたい」と書いて母親と保険のおばちゃんを驚かせたものの、その後歌を学ぶわけでも好きな歌手を追いかけるでもなく、特段「No music No life」な生活を送らず大人になった。

それが今年に入ってからムクムクと音楽をやりたいという気持ちが湧き上がってきたのだ。私が住むメキシコの街でおそらく唯一の音楽学校に問い合わせてみると週1でレッスンを受けられ、7月には発表会もあるという。「おおお…やってみたい!」ということでレッスンを取り始めた。

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発表会という久しぶりに聞くワクワクする響き。でもちょっとしたハードルもあった。

金曜日の開催なので会社に休みをもらわないといけないこと、意外としっかりした大きな会場なので緊張しいな私で大丈夫かなということ、スペイン語の歌をちゃんと歌えるかなということ…と、ここまでは自分でなんとかできることなのだが、最後の難関は友人を呼ぶことだった。

生徒1人あたり4人まで招待客を呼べるのだけれど、「4人、来てくれるかな」とちょっとした不安がよぎる。

メキシコ人は気軽に「行く行くー!」と言うのだが現れないこともある。有り体に言えばそのイベントがその人にとってどれくらい重要かどうか、それが行動に現れるのだ。

これまではほぼ空いている時間は恋人としか費やしてこなかった。そこからひとり立ちしようと自分がもがいて築いてきた友人関係はちゃんと血が通っているものなのか、ちょっと試される気がした。

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6人に声をかけて5人が行けると言ってくれた。
「すごいじゃん、絶対行く!」「喜んで行くよー」と言ってくれている。

でも来るかは当日になってみないとわからない。
なんというかこれは疑うというより、そういう国民性なのだから仕方がない。

会場の場所を送ってチケットも渡したし、できることはした。あとはもう楽しく歌うのみだ。

せっかくなら浴衣にしようとYouTubeの着付け動画を見ながら浴衣を着て、汗をかきながら会場へ着く。

生徒の家族や友人が大半なのはわかっていても約200人くらいを前にちょっと圧倒される。それでも日常の中のちょっとした非日常で、高揚感もともなってわくわくした。

出演者は先に着いて前の方に座るため誰が来ているのかわからない。

参観日の子どものように「来てるかな、来てるかな」と後ろをちょこちょこ振り返る。しばらくするとかごバッグの中の携帯がズーズーとなる。

「着いたよ」
「いつ歌うの?」

ちゃんと来てくれてる。そのメッセージを見ただけでちょっと泣きそうになった。

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私の番になり、舞台に上がると友人たちの顔が見える。一人は出演する子どもたちが座る最前列に勝手に座り、携帯を私に向けている。来れないと言っていた友人も来てくれていて、Go Proを手に子どもたちの前を横切って撮っているから笑ってしまった。

あぁ、私がこれまで育んできた関係はちゃんと生きていた。なんだか1つスゴロクの目を進めた気がした。

終了後「よかったよ!」と言いながら近づいてきてくれる。

来てくれて本当に、本当にうれしいという気持ちをこめて、ひとりずつぎゅーっとハグをした。