留学したくて大学に入った私は、一度も留学せずに卒業することになった。
その事実は今なお、私の胸に刺さって抜けない棘のようになっている。

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留学できなかった大きな原因は、新型コロナウイルスの流行だ。

私の大学生活は大半がコロナ禍の中だった。予定していたその年の秋からの留学は中止になり、翌年の挑戦も同様だった。いや、翌年からの留学は途中から「半期だけ来てもいい」と言われた。一緒に留学予定だった下級生から「行きますか」とLINEが来た。

私はちょうど就職活動中だった。…すごく頑張れば行けなくもなかった。けれど「私は行きません」と打っていた。その時は留学に行けないより、就活を失敗することの方が、怖かった。
そうして私は留学を経験せずに、社会人になった。

留学に行きたかった理由は単純、海外への憧れだ。あと、今の自分の価値観を壊して、もっと広い視野を持てるようになりたかった。英語では日本語よりずっと自分の意見をストレートに言えて、ストレートに言って問題なくて、それが気持ちよくて、好きだった。
本当は大学自体、海外に行きたかったのだ。でもうちはそんなにお金がないよ、と親に言われて諦めた。だからせめて、留学したかった。

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当時、私は頑張って留学準備をしていた。バイトして貯めたお金でTOEFLやIELTSを何度も受験した。英会話の授業を取って、英語でしゃべる練習を重ねていた。留学にはお金がかかるから、頑張っていい成績を取って奨学金を獲得した。親を説得するために必死に考えて、苦手な気持ちを押し殺して何度も話をしに行った。

私なりに、とても努力した。努力して努力して、でも、叶わなかった夢。それが留学だった。あの時の憧れは今なお、私の中に燻っている。

憧れを少しでも浄化したくて、社会人になってからニューヨークに旅行した。
憧れの地を踏んで、見たかったものを見に行って、気持ちがすこし落ち着いた。憧れていたものは案外あまり日本と変わりなくて、日本の方がいいなと思うところもあって、私の中で憧れがいくらか現実に置き換わった。やっぱり憧れフィルターが掛かりすぎていたな、と自分で苦笑した。

けれど私はやっぱり、留学したかった。自分の常識が通じない世界で、たっぷり苦労して、逞しくなりたかった。日本に居てはわからなかったことを体感して、生まれ変わりたかった。留学したその先に何があるのか、知りたかった。

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たぶん、社会人として、ビジネスパーソンとして、出張・駐在するのとは違うのだ。

学生の身分で思い切り勉強をして、自由時間であちこちに足を伸ばして、全力で「異国に居ること」ができる。それが留学なんじゃないかと、留学していない身で誇大妄想している。
留学に行った人の話を聞くと羨ましいし、留学体験記を読むと妬ましい。

でもその分、留学しなかった時間で自分が経験したことを思い出して、隣の芝生が青く見えるだけだ、と言い聞かせている。やりたかったことを学生時代にやっておくのって本当に大事だよなあ、と憧れをめちゃくちゃ拗らせて生きる私自身を見ていて思う。

そんな私なので、今はこっそり「社会人留学してやる」と思っていたりする。そのためには勉強しながら留学費用も捻出しないといけない。学生時代よりずっと過酷だ。
それでも拗らせすぎた憧れを今度こそ葬るために。いつかこの「拗らせ野郎」にそっと花束を渡してやれるように。我ながら難儀だなあと思いながら、私は毎日せっせと稼ぎに行くのだ。