社会人になって2年目の夏。仕事には慣れてきたものの疲れてきたし、リフレッシュしたい。

そうだ、ひとり旅もいいかも。ゆったり過ごすなら綺麗な海が見えるところがいいなと、瀬戸内海、香川県に初上陸。

アートを見たり、有名な鶏肉料理を食べたり、温泉に入ったり。楽しみながらも、ひとりだとふとした時に仕事のことを思い出して少し憂鬱を抱えながら過ごした1日目。

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海の近くのホテルに一泊し、2日目。朝起きると、晴れていていい天気。今日は暑くなりそうだ。子どもの頃に感じた、あのどこにでも行けそうな予感。今日はうどん屋さん巡りの予定だったけれど、何か全然違うことがしてみたい気分。

そうだ、金比羅山に登ってみようかな。有名と聞いたことがある。

登ると書いたのは、金比羅山の階段はとてつもなく長いから。本宮まで785段、さらに奥宮まで583段、合計1,368段の階段を登らなければいけない。ちなみにこれは参道の入り口で看板を見て初めて知った。
果たして最後まで登れるかなという不安と、どんな景色が見られるかなという期待とともに、一段目へ足を踏み出した。

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参道は木陰も多かったけれど、真夏の7月だ。汗が止まらない。体の中の水分が全部出ていっているように思える。

でも、黙々と登る。だってひとりだから。弱音を吐いている場合じゃない。勝負だ、自分との勝負。学生時代の部活を思い出す。汗だくでも気にする余裕がないくらい一生懸命練習していたあの日々。そういえば社会人になってからここまで運動したことあったかな。

そう思っていたら、おばちゃんが声をかけてくれた。「こんぴらさんのあめ、食べてきな」
小さいお店だ。名物らしい、オブラートに包まれたベッコウ飴のカケラをくれた。
「ひとり?先は長いけど、気をつけてね」
懐かしい甘さが、疲れはじめていた身体に沁みた。

まだ、登る。前を見すぎるとつらくなるから、足元だけを見てひたすら一歩ずつ進み続けた。階段が終わる。ついに、785段をクリアし、本宮についた。
お参りをして下ろうかなと思った時、奥宮への案内板が見えた。残り583段か。悩んだのも束の間、せっかく来たんだからと向かうことにした。ここまで登ってこれた自信からそう感じたのか、神社だから神様がいたのかわからないが、こもれびで奥宮までの道が光って見えたのだ。

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再び登りはじめると、やっぱり暑いし、溶けそうだし、山道みたいになってさらにきつくなった。息がきれる。でも、風や木が揺れて森林浴をしているみたいで、気持ちがいい。自然の音を聞きながら登った。
途中、帰っていく参拝者の方とすれ違って挨拶をした。そういえば、ここは毎日登る地元の人もいるくらい「こんぴらさん」と呼ばれて親しまれていると聞いたことがある。さっきの人、つらそうじゃなかったし慣れてるんだろうな……

奥宮は本宮より小さかった。周りの木と木の間が窓のようになっていて、香川の街が一望できた。風が涼しくて、ほてった体を冷やしてくれる。まるで体中の細胞が生まれ変わったみたい。
記念に街の景色と自撮りをした。すごく疲れていたけれど、さっぱりした顔をしていた。
ついにわたし、登り切ったんだ!

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帰り道、行きにベッコウ飴をくれたあのおばちゃんのところで「こんぴらさんのあめ」を買った。家族へのお土産にしよう。

近くの店で冷たいぶっかけうどんを食べながら、そういえば、いつの間にか仕事のことなんて考えもしなくなっていたなと気づく。久しぶりに感じた清々しい疲労と、香川の美味しいうどんと、ひとりで登り切った達成感が身体と心を満たしていた。

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今でも思い出すと勇気が出る、大切な夏の思い出。
わたしはまだまだなんでも挑戦できる。
ひとりでも、どこへでも行ける。