早起きして、お台場へ自転車旅。静かな夏の朝が心地よかった

私のフットワークは激重だ。休みの日は一日中布団をかぶってダラダラしたいし、外出するとしても、せいぜい、近くの図書館や美術館など、きれいで静かなところに一人で行きたい。
こんなに陰を好む私だが、なぜか、フットワークの軽い旅好きの友達がたくさんいた。彼女たちはふらりと旅に出て、遠くの都道府県にも、海外なんかにも行ってしまう。旅先でできた友達と撮った写真がSNSをにぎやかにするのが夏の定番だった。
SNSを見ながら、「いいな」と呟く。しかし私にはそんなことをするお金もコミュ力もなかったから、「いいな」とうわ言のように口をついて出たとしても、実際にはやろうとは思わなかった。
そんなある日。夏休みには遅く起きる弟が、最近はなぜか早起きして、そそくさと外に出ていることに気づいた。
聞けば、朝早くサンドイッチを作って、自転車であてもなく出かけて、行き着いた先でそのサンドイッチを食べて帰ってくるらしい。
なにそれ楽しそう!と私は沸き立った。遠方に一人で行く元気のない私には、自転車でふらりと行く旅ならできると思ったのだ。
臆病かつ方向音痴の私は、思いつきで出かけるなんてできず、目的地を決めて、道まで調べて出発した。行き先はレインボーブリッジ。当時、再放送されていた『踊る大捜査線』という映画に影響されて、なんとなくそこに決めたのだ。
自転車を持っていなかった私は、母に古い自転車を借りた。早朝、まだ静かな東京の住宅街を出て、大通りを渡る。自転車に乗るのは小学生以来で、グラグラと揺れる車体に、ブレるハンドルに恐れおののきながらも、夏の早朝の爽快感のある風をまとって、段々と乗りこなしていった。
都会のうだるような暑さの始まる少し前。人も少ない、朝早い夏休み。青みを帯びた街の静かな雰囲気。電車も車もまばらには走っているが、歩く人は少なく、明らかに日常の始まる前だ。私の時間だけが目まぐるしく動いているようでワクワクした。
予め道を調べていったから、レインボーブリッジには難なくついた。橋を渡るには、自転車を降り、専用の台車を車輪につけて、手押しで自転車と歩かなければならない。
私は一人で黙々と、自転車を押してレインボーブリッジを渡った。洋上の潮風が、頬を撫でて通り過ぎる。ふいに、映画の「レインボーブリッジ、封鎖できません!」の名ゼリフが脳内に響き渡る。あの映画が放送される前、ドラマ版が放送されていた段階では、このお台場は空き地のように閑散としていたという。今では想像もつかないな、と、整備されて美しい都会のオアシスと化したお台場を見渡す。
一人、静かに歩く夏の朝。映画とドラマの世界を思い出しながら、じっくりと風景を見渡す。何とも言えない心地よさと達成感を味わった。
お台場を少し散策したら、またレインボーブリッジを渡って帰路についた。もう灼熱地獄だった上に、途中で自転車がパンクした。
重たくなった自転車を一生懸命押す。途中、自転車を停めて飲み物を買いに行ったら、その短時間で自転車の籠にゴミを入れられていた。はあ!?最悪!と思いながらも、辺りを見回しても誰が入れたのか見当もつかない。ただでさえ古くてパンクもしてボロボロの見た目に、ゴミまで入れられて一層みすぼらしくなった自転車を押しながら、ごめんね、と心のなかで自転車に謝った。
汗もボタボタ、足は棒のようにカチカチで、痛い。意識も朦朧としてきた。自転車への罪悪感だけがかろうじて私を突き動かす。休み休み、かなり長い時間をかけて、やっと家に着いた。
その日は、安堵と、疲労と、いろんなものが混じって泥のように眠った。なんか思い描いていた旅と違うなあ、とは思ったが、引きこもりがちの私が、思いつきで旅に出れたという喜びは大きかった。思わぬハプニングで、非日常感も増した気がした。
後日。自転車はパンクどころではなく、かなりガタがきて修理不可能とわかった。私は自転車を貸してくれた母に謝った。
「あれ、だいぶ昔に買ったから。あなたが乗らなくてもいずれ壊れていたわよ」。母はそんなことを言ってくれたが、それなら私が、私の快楽のために、あの自転車に最後のトドメを刺してしまったんだと思った。心の底がシンと冷え、言いようのない罪悪感が襲った。
あれからもう、何年も経った。夏には色んな思い出がある。しかし、夏の思い出を聞かれたときに真っ先に思い出すのは、あの自転車の旅だ。普段はひとりで旅をしない私が、思いつきで旅ができたという達成感。好きな映画を静かに思い出しながら浴びた、早朝の爽やかな潮風。それと同時に、自転車を壊してしまったことへの、取り返しのつかない罪悪感。いろんな感情の入り交じった、夏。
引きこもりがちで、それでも旅にあこがれる方。早朝の自転車の旅はおすすめです。もちろん、壊れないようにケアをして。
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