長崎でした誰にも縛られない旅。ひとりの解放感は心地よかった

大学一年の春、初めての恋人に振られた。
昨日まで、秋に旅行に行こうって話していたのに。
離れたくないから、大学だって地元のところに決めたのに。
初めての悲しみだった。コンビニに入り、一緒に食べたお菓子が並んでいるのを見るだけで、涙が出る。教えてもらった曲、一緒に行った公園、恋人を思い出させるものに溢れている自分の生活圏に嫌気がさした。
近づく大学生初めての夏休み。9月中ばまで続く休暇は、何もしないには長すぎる。アルバイトを始めたからお金もあった。全く知らない場所に行きたい。
一人で長崎へ行こうと決めた。
長崎の観光地である、軍艦島にずっと行ってみたかったからだ。青い空と青い海。そこに浮かぶ軍艦島。夏に見たらきっと、綺麗に違いない。とにかく何もかも知らない場所で、何の思い出にも結びつかない、新しいものだけを見たいと思った。
全然知らない旅行サイトで格安の飛行機とホテルを抑えて、料金を振り込んだ。たったこれだけで、私は長崎に行けるのか、と少し驚いた。
「8月に一人で3日間長崎に行ってくるね」と親に伝えた。口にしたことでさらに実感がわき、頬がゆるんだ。
長崎の旅行本を一冊買い、好きなものだらけのスケジュールを組んだ。3日間、何をしてもしなくても、私は自由なんだ。
旅行当日。一人で初めての空港。心配でかなり早く着いていた。ドキドキしながらチェックインして、いざ機内へ。窓の外の遠くなる地上を見ながら、本当に行くんだ、と思った。
サービスで渡された紙コップのリンゴジュースにさえ、もうどうしようもなくワクワクしていた。
着いた長崎は思ったよりも暑くなく、海風が気持ちよく、爽やかな夏を感じた。歩くだけでワクワクする海沿いの市内を我が物顔で歩いた。
緊張しながら路面電車に乗った。乗り換えの支払い方がわからずドキドキした。美術館に行き、教会を回った。中華街の小ささに拍子抜けした。本で厳選しておいた店でトルコライスを食べ、長崎発祥らしい食べるミルクセーキで涼をとった。
一人で見る原爆資料館は怖かったけれど、より印象的なものとなった。痛いほどの夏の日差しの中、歩いた平和記念公園の空は青く高かった。
一つ一つの経験が、発見で、驚きで、感動だった。
一人は寂しいかもと思っていたが、家族旅行なんかと比べて、一人の方がより、土地の空気に混じるような気持ちになれた。夏だったのもよかった。暖かい陽の光があるだけで、受け入れられている気持ちになる。
もちろん長崎の人たちも困って声をかけたらみんな優しく答えてくれたし、写真を撮っていたら、撮ってあげるよと声をかけてくれる人もいた。
順調に決めていた予定を消化していくと、夜は疲れた。行こうと思っていた店でご飯を食べるほどお腹も空いてない。コンビニで買ったこともない漫画雑誌を買って、ホテルの部屋でブラックモンブランを食べながら読んだ。
自分がどう動いても、誰も何も言わないことが嬉しかった。
ついに軍艦島に行く日。ホテルはツアーの集合場所からかなり近く、前日に確認しておいたこともあり迷うことなく参加手続きができた。フェリーに揺られ、真夏の青い空の下で見た、海に浮かぶ軍艦島は青々と茂った植物とコンクリートの建物との対比が美しく、かっこよくて、寂しかった。
最初は傷心旅行のつもりだった。でも、長崎ではもう元恋人のことなんか考えていなかった。
私はただただ、それまでに感じたことのない自由を感じていた。誰にも何も言われない気楽さ。全部自分で決めていいという開放感。その結果、一人で初めての出来事に触れられた時の高揚感。
私はこれからどこにでも行ける。慣れ親しんだ東京の街から、思い立っただけでこんなに遠くまで来られたのだ。
これからもどこにいる必要もない。自分が行きたい場所に行く人でありたい。
私はそれから、様々な場所に一人で旅行するようになったのだが、それは確実にあの長崎での夏があったからだ。
10年以上経った今も、あの18歳の夏の記憶が私の自由を広げてくれている。
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