決意のきっかけは、空へ上るランタンに書かれた「留学」の文字

数年前友人と台湾を旅した際、ランタン飛ばしを体験した。素朴な色合いのランタンに墨字を書き入れ、夕暮れの空へ放つ。オレンジ色の光をゆらめかせながら上昇していく小さなランタンは、はかなげなようでどこか力強く、その美しさが脳裏に焼きついた。
現在五十半ばの私には、留学経験がない。
大学時代はよくビンボーひとり旅をしたが、国内限定。海外にはとくに関心がなかった。
それが社会人一年目の社員旅行で韓国、二年目で友人とインドを旅行し、異国の魅力に目覚める。
「あ~時間が有り余っていた学生時代に行っておけばよかった!」と悔やんだが、人生には何事も巡り逢うタイミングがある。ようやく異国の風が自分に吹いてきたのだと考え、アジア圏を中心にちょこちょこ旅へ出るように。
英語や韓国語の習得にも熱を入れ始めた。
その頃から心にちらつきだしたのが「留学」の文字。「訪れてみたい」から「暮らしてみたい」へと気持ちが変わり、英語圏の大学に興味を抱くように。
三十数年前の当時だって海外留学する社会人は珍しくなかったし、実際付き合っていた恋人も社内留学制度を利用して渡米。私自身留学できるくらいの貯金はできたが、激務で体調を崩して退職したのちは、あっちへ流れこっちへ流れのめまぐるしい人生。
紆余曲折の歳月の間に、留学への憧れなどしぼんでしまった。
風景から〝何か〟を吸収しようとする気持ちは、歳を重ねてからの方が増した気がする。
そんな昨年の春、韓国・慶州で不思議な体験をした。
古墳で有名な古都は桜が満開で、空のブルー、古墳のグリーン、桜のピンクの三色がえもいわれぬ美のトライアングルを創り出している。友人と古墳公園のベンチに腰掛け、幸福感に包まれていたときだ。
「あっ!」。青空へ舞い上がるランタンが見えた気がした。
側面にはくっきりした墨字で「留学」の文字。
小さなそれは風にのってふわふわと、でも力強く上昇していく。
それは一瞬のことで、ハッと我にかえったときには視界から消えていた。
「どうかした?」。ヘンな顔をして尋ねる友人に
「いや、桜があんまりキレイで……」と取り繕いつつ、心臓がドキドキ。
幻影だとしても、なぜ台湾のランタンが韓国の空を飛ぶのか。しかも留学?
不思議でおかしくて、それでいて胸のあたりがほんわり。私は満面の笑顔で、ランタンが消えていった青空を見上げた。
この体験がきっかけで海外留学へ――となればよかったが、父の介護をしている身ではそうもいかない。いまは元気な母だって、年々弱っていくだろう。
でも、私は心に決めた。いつか必ず留学する。暮らす国も時期も滞在期間も未定。
まずは時間をかけて、自分が本当に学びたいことを見つける。語学力を磨いて。
体力もつけて。五年先か十年先……下手すればもっと先になるかも。それでもいい。必ず実現させよう。「留学」という名の夢のランタンを、天高く飛ばすのだ。
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