2020年4月1日。

新しい職場に勤務することになった26歳の私は、同年代の多さに胸をおどらせた。

「わ!同い年くらいのイケメンが多いし、女の人も多い…!仲良くなれるといいなぁ」

しかし、その直後、コロナウイルスによる緊急事態宣言が日本中に出され、出勤は週1回、残りは自宅待機を命じられた。隣の席の女の人と仲良くなれそうだと思ったが、出勤日が被らず、全く話ができない。

オンラインで会議があっても、仲を深めるような会話ができるわけもなく、新入りの私はただただ相槌を打つだけ。もちろん歓迎会などもない。
虚無感に襲われながら、人生って何だろう。と布団にもぐってひたすら考える日々が続いた。

約2か月後、緊急事態宣言が明け、ようやく週5日出勤することができるようになった。隣の席の女の人、向かいに座る男の人とも少しずつ打ち解けてきたが、マスク越しの会話では心から打ち解けた感じはしない。

今後、マスクが外せる日は来るのだろうか。先行き不透明の不安な日々が続いた。そしてあっという間に8月がきた。

その頃、やたらと話しかけてくる同い年の男の同僚がいた。しょっちゅう私を飲みに誘ってくれたが、いかにもチャラ男なので当時は若干嫌悪感があり、コロナ禍を理由に断っていた。

◎          ◎

「コロナが不安ならさ、野外で出来ることをしようよ」

チャラ男の一言で、私はひらめいた。

「公園で花火とかどう?みんなで!」

チャラ男も「面白そう」とのってくれたので、メンバー集めをお願いした。
そうして、職場から少し離れた公園で、若手同僚による手持ち花火大会が開催された。

夏の暑さと野外を理由にみんなでマスクをとった。向かいの席の男の人は不参加で残念だったが、「あれ、あの人ってこんな顔だったんだ!イケメンじゃん」と想像よりもかっこいい同僚がいて、キュンとした。チャラ男の顔は想像通りだったが、隣の席の人が連れてきた子どもに優しく話しかけていて、意外な一面にドキドキした。

ひたすら花火と火を配ってる気配り上手な同僚や、童心に帰り花火を持ちながら走り回る同僚。仕事しているだけでは気づかなかった同僚たちの一面を見て、4月に転勤してから初めて、心から笑い、はしゃぎ、楽しかった。

線香花火も終えて、帰りじたくを始めた頃、マスクを外した姿が想像よりもかっこよかったイケメンに声をかけられた。

「桃乃さんの家って、俺んちの近くですよね?バイク、俺の後ろ乗っていきますか?」「えっ!」

バイクなんて乗ったことない。しかも体と体が密着するのでは・・・と思いながら、花火が楽しくて気分があがってた私は「いいんですか?ぜひ!」と口が勝手に返事をしていた。

チャラ男が少し不満そうな顔をしていたが、仕方ない。電車で帰るよりも楽だし、男の人にバイクに乗せてもらえるなんて、遅れてきた青春って感じでドキドキする。

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「じゃああっちが駐輪場だから…。ここで、僕たちは解散します。桃乃さん、行きましょう」とイケメンに連れられ、バイクの元へ。慣れた手つきでヘルメットを被せてもらう。
ぎゅいんと音を立て、バイクが発車した。私はイケメンにぎゅっとしがみつく。あざとさを狙ったのではなく、思った以上に後ろに乗るのが怖かった。

「桃乃さん、バイク乗るの初めて?」
「はじめてです…」
「大丈夫、そのうち慣れますよ」
と笑いながらイケメンに言われた。確かに、少しずつ慣れてきて、まわりの景色や空気を感じるようになってきた。

排気ガスに混じって、木々の匂いがする。公園が多い地域だからか。バイクが走っている時にあたる夜風が気持ちいい。そして、イケメンか私の心臓の鼓動が高まっている、気がする。

「今日、すごく良い思い出になりました。コロナ禍で友達にも会えないし、皆さんと仲良くなりたくても、飲み会も開催できないし。落ち込むことが多かったから…」
「僕もです。企画してくれてありがとうございます。コロナが終わったら飲みに行きましょう」もう慣れてきたのに、イケメンの腰にぎゅっとしがみついて「ぜひ!」と答えた。

その後、イケメンとお付き合いを…することもなく、バイクに乗せてもらったのもその1回きりで終わってしまった。徐々に世間的に飲み会しても良さそうな雰囲気になったが、声をかけることもかけられることもなかった。イケメンとは縁がなかったようだ。

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あれから5年がたった。私は別の職場に転勤になり、イケメン含む一緒に花火をしたメンバーとは、転勤になって以来会っていない。夜風にあたり、排気ガスと木々の匂いを同時に嗅ぐと、初めてバイクに乗せてもらった花火の夜のことを思い出す。

飲み会なら電車で来るだろうから、バイクに乗せてもらうことはなかった。花火だから、バイクに乗せてもらえたんだよなぁと思う。コロナ禍は本当にしんどかったが、あの花火とバイクの夜は、26歳にして青春を感じた、私の大事な夏の思い出である。