「似合う」と「好き」の狭間で揺れる。天邪鬼な性格の私が思うこと

パーソナルカラーや骨格診断という言葉が流行り出して、私自身も興味を持ったし、受けてみたいと思った。
今でこそ少しそのブームは落ち着いているけれど、私の友人でも何人か実際に診断を受けたという子もいた。ブルベ、イエベ、骨格ストレート、骨格ウェーブ、骨格ストレート。今でもあまり理解していない言葉の意味と、周囲やSNSで繰り広げられる、ブルベにはコレ、骨格ストレートにはコレ。他人に自分の好みについてとやかく言われるなんてと、違和感も感じつつも、SNSで簡単診断なんてみかけると、私はこれかななんて考えてみる。
それでもやっぱり、そんなもので簡単に自分のタイプなんてわからないもので。結局は、プ口に診断してもらう必要があるみたいだ。いざ診断してもらうとなると、1万円以上はするらしい。確かに一回見て貰えば、しばらくはその知識が役に立つのだから決して高い金額では無いのかもしれない。それでも、自分の好きが否定されるかもしれない場所に、決して安くは無い金額をかけられるほどの余裕が私には無い。
診断を受けたという友人は、服装だけではなくて、自分が持っているメイク用品を見てもらって、コレはいい、あれがいいとアドバイスをもらえて良かったと言っていた。
あとはウエディングドレスなど特別な服を選ぶときに、診断を受けて参考にするという話も聞く。人生で一度あるかないかの晴れ舞台で、自分の感覚だけでは不安になってしまいそうだからそれはとてもいいなと思っている。
そもそもパーソナルカラーや骨格診断はどうして生まれて、流行っているのか考えてみる。昔から、それなりに色々な色や形の服、化粧品はあったはずだけど。それでも比べものにならないほど、新しいジャンル、色、形のファッションが生まれ、プチプラコスメやファストファッションがあり、お金があまりなくても、子供でも手にできるようなものが溢れ、選択肢が増え、更にそこにSNSなど他人に見られる場所が増えたから、だろうか。
選択肢が増えるのはいいことだけど、その分悩みや迷いが生じる。私もその1人。SNSで誰でも写真や情報がシェアできる時代。便利で世界は広がったけど、一方で、マウントのとりあい、他者の否定。他人からの評価第一主義というか、自分がどうありたいかよりも、どう見られたいか、という想いが膨れ上がってしまっているような気もする。だから、自分の好きな色、物よりも、自分に「似合う」色、自分に「合う」服。選択肢が多すぎて、選ぶことに疲れてしまって、他人に頼りたい気持ち。それらがこうした診断の流行りの元凶な気もしている。
前提として、そういった診断を否定したいわけではない。ただ、あまりにもそういった類のものに惹かれるというのは、何か理由があるのだろうなと思っただけ。自分でも受けてみたいと思っているし、実際に便利だと思う。でも、診断結果を信じきって、確かに誰から見ても「正解」で「似合っている」 自分になれたとしても、本当の自分の「着たい」や「好き」 を見失ってしまうのではないかという怖さもある。
ただの食わず嫌いな気もするし。そもそも天邪鬼な性格の私は、実際に診断を受けてみたら、素直にはいそうですかとはならず、結果を否定してしまいたくなる気もするけれど。
何事においても、トライアンドエラーはあるもので。個人的な感覚で言えば、パステルカラーとか淡い色は似合わない。昔は好きだったけれど、ある時似合っていないと気づいてからは、パステルカラーの服は買っていない。メイク用品や、服を自分で買えるようになって何年もたつ今でも、まだそれらのベストというか、迷いなしに買えた試しはない。
いいなと思っては買って、使ってみたら、着てみたらイマイチ自分には似合わない、自分が持っているものの組み合わせが良く無いなんてことも多々ある。診断を受ければこんな失敗も減るかもしれないな。そう考えてみたら、やっぱり受けてみてもいいかもしれない。
でも極たまに、全て自分自身の感覚で選んだメイクや服が、がっちりと自分の好みにハマった時は、1日気分がいいもので。診断を受けても受けなくても、そんな日が1日でも増えればいいなと常々思っている。
結局、しばらくは診断を受けることはなさそうだけど、もし結婚してドレスを着ることになったら、負担を分散させるためにも、後悔のないように、診断を受けてみようかなとも思っている。
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