夏は不思議だ。ちょっとだけ大胆になれたり、いつもなら選ばないことを選びたくなったりする。

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今から11年前、私は初めて髪を染めた。それは、ただのイメチェンではない。「優等生な自分」から一歩踏み出す、小さな決意だった。

大学2年の夏休み。気がつけば、周りの友達の髪はみんな茶色くなっていた。「20歳になる年だし、せっかくだから私もやってみようかな」 なんとなく、そんな気持ちになる。

でも正直、髪を染めることにあまり良いイメージはなかった。チャラく見える気がするし、髪も傷みそう。それに、黒髪のほうが清楚に見えるし、なんとなく“美人”に見える気がする。

私は昔から「真面目で優等生」な自分を保ってきた。目立つのが怖くて、人からどう見られるかを常に気にしていたのだ。だからこそ、茶髪にするという選択は、自分を少し壊すような感覚だった。

「似合わなかったらどうしよう」「友達に『え?なんか変じゃない?』って言われたら立ち直れないかも」 頭ではやりたいと思いながらも、心は揺れていたのだ。

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それでも、ある日の午後、私は美容室の椅子に座っていた。ドキドキしながら扉を開けると、中は明るくて清潔感のある空間。スタッフさんの優しい笑顔に、少し緊張がほぐれたのを覚えている。

椅子に座ってケープをかけられると、じんわり汗をかいた背中がピタッと密着して、変な緊張感があった。カラー剤のツンとしたにおいが鼻をかすめるたび、「やっぱりやめた方がよかったかな」と何度も思ったことがある。

そして、染め上げたあと、鏡の中をのぞく。そこに映っていたのは、ほんのり明るい茶髪になった私。まるで別人みたいだった。最初は違和感があったけど、不思議と嫌じゃなかった。

むしろ、今までずっと抱えていた「真面目でいなきゃ」「浮いちゃいけない」っていう自分と、やっとお別れできた気がして、心がふっと軽くなる。自分で言うのも変だけど、少しだけ大人びたような感覚もあって。それが嬉しくて、また鏡を見た。「明日から、どんなふうに見られるんだろう?」そんなことを考えながら、ちょっとだけ背筋を伸ばして歩いていた。

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翌日、友達から「イメチェンしたね!似合ってるじゃん」と言われた。その一言で、自分の中にあった小さな不安がスーッと消えたのだ。

夜、部屋に戻ってからまた鏡を見て、今までとは違う表情の自分にちょっと驚いた。 「イヤリングでも買ってみようかな」そんなふうに思った自分に、思わず笑う。
髪を染めたことで、見た目が変わった。でもそれ以上に、「こうじゃなきゃいけない」という自分の枠が、少し緩んだ気がする。

あの夏をきっかけに、私は少しずつ「自分の気持ちを優先してもいいんだ」と思えるようになった。人の目を気にしすぎて選ばなかった服も、行ってみたかったカフェも、少しずつ選べるようになった。

もちろん、茶髪にしたからすべてが変わったわけではない。でも、あの一歩がなければ、私はずっと“優等生な自分”の殻に閉じこもっていただろう。たったひとつの変化が、未来の選択まで変えてくれることって、あるんだと思う。

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優等生な自分でいなきゃ、と思っていたけど、本当はもっと自由でいいのかもしれない。茶髪になった私は、少し背伸びして素直になれた。

あれから11年も経ったけど、若くて茶髪の学生を見ると、あの夏の自分を思い出す。ドキドキしながら美容室に入った、あの夏の午後。「夏だったから、できたんだな」って、今なら思える。