タイに交換留学してから10年が経った。あっという間というほどではないけれど、もうそんなに経つのかと驚く。今でも留学していた頃の生活を思い出す場面が多い。私にとってそれほど、大切な思い出なのだ。

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留学のきっかけはボランティアツアーだった。ベトナムの孤児院に行ったのだが、子供と遊ぶことすらろくにできなかった自分にショックを受けた。何もできなかった自分を変えたい。この経験から途上国へ留学することを決めた。

出発当日。日本を約半年も離れることに寂しさを感じながら飛行機に乗った。バンコクに到着し、その地に降り立つ。むわっとした空気に包まれた。異国に来たのだと気付かされる。聞きなれない言語、日本と異なる人種の人々。留学への緊張感が高まった。

留学先はタイ語で勉強するコースと英語で勉強するコースがあり、留学生の私は英語コースの授業を受けることになった。自分の専門である授業を3つ、英語を勉強する授業を2つ履修することにした。

初日の1つ目の授業。「Hello, nice to meet you」という初歩的な英語の私の挨拶から始まった。科目の導入部分ということもあり、しっかり集中して授業を受けることができた。
問題はその日2つ目の授業だった。英語の授業にも関わらず、その7割がタイ語で進められた。勉強してみたい言語とはいえど、「サワディーカー」と「コップンカー」程度しか知らない私はひどく困惑した。タイ人の生徒は笑いながら楽しそうに授業を受けていたからなおさらだ。

緊張と不安がMAXになり、授業後私は思わず泣いてしまった。残っていた周りのタイ人学生は驚き、慌てていた。日本語を話せるタイ人学生を連れてきてくれたりもした。「初日にやらかしたなあ」と思った。

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宿舎に戻った後、Facebookに何人かのタイ人学生からメッセージが届いた。どれもあたたかいメッセージだった。その中でも、近くの席で授業を受けていたTとPからの言葉が嬉しかった。
「一緒に授業を受けよう」「大丈夫だよ」

その後、TとPの2人は一緒に授業を受けてくれた。授業内のグループワークやプロジェクトは決まって2人と同じグループになった。いつも私のことを気にかけてくれた。プロジェクトはほとんど助けてもらってばかりだったが、無事終えることができた。TとP、2人には本当に感謝している。

タイでの留学生活は、総じて勉強漬けだった。自分の専門分野を英語で学び、また、英語に自信のなかった私は英語の勉強も並行して行った。
平日は授業が終わればキャンパス内の図書館へ行き、閉館時間まで授業の課題や予習復習をしていた。休日も宿舎近くのカフェに籠り、7、8時間勉強した。

観光大国のタイではあったが、タイ観光は期末試験が終わるまで一切しなかった。
そんな勉強漬けで頭がパンクしそうな中でも、留学中にできたタイ人の友人たちとご飯に行ったり、買い物に行く時間が楽しかった。

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人によってはつまらない留学生活に聞こえるかもしれない。それでも、タイに留学して良かったと心の底から思う。
自分の人生の後にも先にも、大学受験に負けないくらい勉強した留学生活だった。不器用な私は片手間にタイ観光とか楽しいことができなかった。でも、こんなに勉強に集中できたことは人生の大きな糧になった。

それに、TとPをはじめ、タイ人のあたたかさに触れることができた。
留学する前の私は、古い固定概念にとらわれていた人間で、性格もトゲトゲしていた。完璧主義、1か0かの性格で自分にも周りにも厳しかった。

完璧主義だと心が折れた時の落ち込みが大きくなる。タイでも経験した。そんな私を、タイ人は「大丈夫」とあたたかく包み込んでくれた。そのおかげで、私のトゲも丸くなった。
当初想定していた「変わりたい自分」とはベクトルが違うものの、内面的な意味で自分を変えることができた留学生活だった。

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タイに留学して本当によかった。
帰国後も何度かプライベートでタイを訪れているが、コロナ禍があったこともあり、ここ数年はタイに行けていない。
それでも、タイを思う気持ちは変わらない。
近いうちに、また帰ろう。私の第二のふるさとに。