ある夏の夜、サークルの後輩を飲み会に連れていった。後輩のうち1人がこの会で初めてお酒を飲んだのだが、1杯で潰れてしまった。飲めない体質だったようだ。

私がその場で1番先輩で、家も1番近かったので、後輩を送っていくことになった。男の子の後輩である。私だって男の人に送ってもらいたいのに、まさか私の方が人を送っていくことになるとは……。っていうか、男性陣送ってあげてよ……。と思いつつ、男性陣は家が遠い人ばかりだし、後輩はそれどころではないくらい辛そうだったので、何も言わないでおいた。

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暑い日だった。23時前、後輩と2人で夜の道を歩いていた。
後輩はまだ少し辛そうだったが、私はお酒に強い方なので、既に素に戻っていた。

当たり前のことだが、私はこの送っていく状況に関して、何も思わなかった。最初は男の子を送るってどうなんだ、と抵抗を感じたが、別になんのことはなかった。私にとっては「可愛い」後輩。保護者のような気持ちで送り届けた。
こっそり、別の人だったらよかったなと思った。別の人だったら、例えば好きな先輩だったら、もっと違う気持ちになっただろうかと思った。夏の夜で、少しだけ頭がふわふわしていた。
何事もなく送っていったあとは、虚無感を感じた。送り届けるよりも、1人で家に帰るまでの方が疲れた。

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家までの帰り道、好きな人と飲みに行ったときのことを思い出していた。その人は同じサークルの先輩で、以前、同期を含め3人で飲みに行ったのだった。

このときは、3人とも飲める口なので、がんがん飲んで話していた。私も後輩側なのもあって、安心して飲んで、酔っていた。先輩と一緒ということでやや緊張して、いつもより酔っていたかもしれない。

私は生意気なタイプで、先輩だろうがなんでも思ったことを言ってしまう。先輩は「そのくらい生意気な方がいいよ」と言ってくれる優しい人である。

いつもの通り、先輩の冗談に対して私が生意気に突っかかったとき、先輩が「いや可愛いな」と言った。ーー私はこの言葉を聞いて、前後数分の記憶が飛んでいる。そんなことを言われたのは初めてであった。酔って記憶を無くしたわけではなく、あまりにびっくりして、情報の処理が追いつかなかった。
むしろ酔いは醒めてしまった。一方で、うまい返しもできなかった。

だが、冷静になって考えてみると、先輩は本当に好きで大切な人に対してはそんな軽率なことを言わないような気がする。酔っていたから?いいや、言わないだろうと思う。生意気上等、元気があってよろしい、みたいな。先輩にとって私は、いかにも後輩といった感じで、恋愛対象になりきれていないのだと感じてしまった。

夏のわりに涼しい日だった。ちょっと寒い気もした。なのに、なぜか汗をかいていた。
先輩たちとは駅ですぐに別れた。帰るとき、酔いは醒めていたのだが「大丈夫?気をつけて」と何回も言われた。危なっかしいのか、もはや子供くらいに思われているのかもしれない。
だから、私もきっと「可愛い」後輩なのである。

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後輩を送ったあと、1人で帰っていた。たくさん歩いたので、もう背中が汗でびっしょりだった。疲れ果てた頭と体で、前の先輩との飲み会を思い出した。急にどうしようもなく寂しくなった。先輩に電話でもかけてみようかと思ったが、夜も遅いのでやめた。

1人で夜道を歩いていた。私もあのとき先輩に送ってもらいたかったなあと思いつつ、それではいかにも後輩として扱われているような気もするし……。どうしたら対等な関係になれるかなと思いつつ、一方では、優しくされて、面倒を見てもらえて、生意気を受けいれてもらえる「可愛い」後輩としての地位を失いたくない気持ちさえ持っている。
あれ以来、先輩とは飲みにいっていない。夏のうちにもう一回、何か思い出がほしいなと思う。