私はいま、海外に住んでいる。
30歳になった時に決めた、40代までに1度は国外に出たいという目標。
日本で10年のキャリアを経たいま、自分の能力を役立てられないかと、ボランティアのプログラムに応募したのだった。
ただ、目標を達成したからと言って、やり切ったという達成感はない。

というのも、現地に赴任してから、慌ただしくも充実した毎日を送っていた日本での生活とは打って変わり、いろんなことを考える時間の余白ができた。
そういう時にどうしても考えてしまう。「これで良かったんだっけ?」と。

そんな時、SNSのタイムラインに流れてきた投稿がふと目に留まった。
『1年間イギリスで勉強することになりました』

しばらく会ってない先輩のその一行が、私の人生でずっと避けてきたものを突きつけた。

◎          ◎

留学。

この言葉の意味は、私の中では「逃避」とイコールだ。

大学生になるにあたって田舎から念願の東京進出を果たし、私はすごく浮かれていた。
将来は国際的に活躍できる人になりたいと決意しての上京だった。
でも、実際に新しい生活が始まると、はじめての刺激的な都会の生活、はじめてのバイト、単位を取るための忙しい日々。

今でも不思議とはっきり覚えている。
大学一年生の暑い夏の日だった。私は田舎の母と電話していた。

「留学はしないの?」

不意な母からの質問。その時の私がなんと答えたか今となっては思い出せないが、探しておくとか、いまは忙しいから無理とか、濁した回答をしたことは覚えている。
そうやって留学から逃げてきた。

留学って、ただ海外に行きたいだけじゃなく、何を勉強したいかが大事だ。
私にはまだその具体的な計画がないからやめておこう。
留学って、もっと英語ができるようになってからじゃないと、授業を理解できない。
私にはまだその能力がないからいま行っても意味がない。
留学って、やっぱりすごいお金がかかる。
上京しているだけでも親にかなり負担してもらっているのに、これ以上は申し訳ない。

たくさんの理由を前に並べることはとても簡単だった。
そうやって1つずつ丁寧に積み上げて、いつしか大きな壁となった。
友達が留学しても「みんなが留学するタイミングでするのは違う」と、新たな理由で壁をつくって、もう自分では壊せなくなった。
そして、忙しい日々を過ごす中で、壁があることが普通になって、思い出すことさえなくなった。

考えることを避けてきた。
そんな自分がとっても嫌いだ。

◎          ◎

冒頭の留学に行く先輩の投稿を見た時、ふとボランティア先の同僚の言葉が頭の中に響いた。
「Why not ?」
私がいつも、この施策をやろうか迷ってると相談すると、口癖のように返ってくる言葉。
どうしてやらないの?だめな理由ある?って。

自分で10年以上積み上げてきた壁を、今なら壊せる気がしている。

留学って、ただ海外に行きたいっていうところから始めてみてもいいと思う。
具体的な計画は、準備を進める中できっと見つかる。
留学って、英語ができなくても目指していいと思う。
そのために勉強すればいい、英語話者の友達を作れる場所に行けばいい。
留学って、お金は何とかできる。
奨学金を本気で調べるとか、貯金を崩すとか、本気を出せば選択肢はある。

◎          ◎

30歳になった時、数年後に今の場所にいることは想像さえできなかった。
そういう自分の予測のつかない人生を送りたい。
何度でも挑戦して、飛び込んでみて、だめだったらそのことを笑い飛ばせる自分でありたい。だから、留学を諦めたくない。

挑戦しない方が楽だけど。
挑戦してみた方がきっと楽しい。
ずっとどこかに留学していないことに負い目があった。でも、今なら時間がある。
ボランティアで現地の人たちのために頑張りながら、自分のためにももっと時間を使ってみよう。

まずは出来ることから。
オンライン英会話を始めてみようかな。
苦手な勉強を毎日習慣化して、ちょっとずつ新しい単語を覚えていこうかな。

そうしたら、もっと自分を好きになれる気がした。