好きなまま離れざるを得なかった人がいた。

その人と距離が近づいたのは、わたしがその土地を離れるわずか2ヶ月前だった。連絡は何気なく取り始めたが、そのやり取りだけでもう楽しかった。

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出会いは職場。初めはただの同僚で、挨拶をする程度の仲。仕事中何気ない会話をするだけで、お互いに相手を気にする素振りはなかった。
しかしある時、職場で他者から聞く相手の印象と自分が直接関わっている時の印象に差があると違和感をもったタイミングがあった。振り返ればこの時から、わたしは彼を軽く意識し始めたのではないかと思う。もしかして、わたしのこと気になってるんじゃないか?と。

そこから再び、何もない日々が続き、引越しまで残すところ2ヶ月となった時、わたしのスマホに彼からメッセージが届いた。そこから怒涛のやり取りが始まる。普段からチャット形式の連絡が割と好きだったわたしではあったが、こんなに楽しくてワクワクした相手は久々だった。今度飲みに行こうとのお誘いを期に、毎日相手を知るためのやり取りを繰り返した。

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2人でのサシは初めてだったので、直前まで何を話せばいいんだろうかと緊張と不安が大きかったが、毎日のやり取りの雰囲気から、まあ大丈夫だろうと謎の安心感を胸に、Barへ向かった。そのBarでは何杯か飲み、別のレストランでディナーを食べ、軽く散歩して帰宅。不思議だった。彼の配慮があったことは当然のこと、初めての2人での食事であったにも関わらず、自分が気疲れすることなく自然と楽しめたことに驚いた。

その後、2人で出かけることが増え、運動や散歩をしたり、買い物に行ったり幾度とデートを重ねた。すっかり仲良くなってきた頃、わたしの引越し日となり、お見送りをしてくれた彼とは離れた。もっと早く出かけたりしてればよかったね、と後悔を残しつつ、またそれぞれの生活を送り始めた。それでも連絡は取り続け、半年が経過した時、わたしが彼の元を尋ねるタイミングができた。この関係は何なのだろうと、今後どうしたいとかあるのかな?ちゃんと話してみたいなと軽く決心しつつ、彼の元へ向かった。

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一緒に過ごせるのは3日間。彼は仕事もあったので、全ての時間を共有できたわけではなかった。半年ぶりに再会しても、相変わらず居心地はよくて、楽しい時間を過ごした。しかし3日はあっという間に過ぎ、帰る前日の夜。回答によっては、この後気まずい数時間を過ごすことになるのかと考えた臆病なわたしは、聞きたかったことを聞けずに、帰路に着いた。

恋愛はタイミングが全て。仲が深まったタイミングも、離れる直前。もう一歩踏み出したいけど、今踏み出したとしても、今後気持ちがどうなるかわからないし意味ないか、と踏みとどまった。しかしこの中途半端な関係には嫌気がさしてくる。好きなら連絡だけでもとっていればいいと思うが、わたしはそこまで器用ではない。好きな気持ちのまま、連絡を取り続けていると、なんの確約もないのに、いつかは報われるかもしれないという淡い期待を抱いてしまう。そこで立ち止まるのが嫌で、先が見えないからと連絡を断つ決心をした。

今まで、こんなに中身を好きになった人は初めてだった。一緒にいて居心地がよく、楽しかったのはもちろん、素直な自分で過ごせた。わたしの知らないわたし自身の魅力を伝えてくれたのが、本当に嬉しかったし、自信になった。離れること、連絡を断つ決心をした時は辛かったけど、こんなにポジティブな気持ちばかり残る恋愛をひとときでも味わえて幸せだった。これを期に、自分をさらに好きになったし、精神的にも確実に強くなったと思う。吸収や学びの多い恋愛だった。これがまた会いたいと思える、そんな彼との思い出だ。