行けなかったオーストラリア。留学を諦めた選択は私に勇気をくれた

短大の卒業を間近に控えた、春はまだ遠い冬の日だった。英語の授業を選択していた私に舞い込んできたのは、春休みを利用したオーストラリア語学留学プログラムの話。 友人が「行きたい!」と瞳を輝かせる中、私も胸の高鳴りを抑えきれなかった。
見慣れない異国の地で、新しい言語を学び、知らない文化に触れる。それは人生第二章の幕開けのようだった。 当時の私は、ただ漠然とした「特別」な日々に憧れていた。
友人はすぐに留学の手続きを進め、パンフレットを広げ夢を語り合った。その熱気に背中を押され、私も留学への思いを募らせていった。 しかし熱は現実を前に、急速に冷めていく。
「留学費用、30万円」
金額を前に、私の心は音を立てて崩れ落ちた。 両親に相談する勇気もなかった。決して裕福ではない家庭で、奨学金とアルバイトで学費を賄っていた私にとって、あまりに大きな金額だった。諦めかけていた私の元に一通のメールが届いた。 差出人は専攻の先生だった。 「あなたの成績は優秀です。もし経済的な理由で行けないのなら大学がサポートできる場合もあります。留学へ行きませんか?」 先生の温かい配慮が痛いほど心に響いた。
けれど、私は誘いを断った。 両親にこれ以上の負担をかけられない。経済的な理由で迷惑をかけてしまうのではないか。その思いが、私の心に重くのしかかった。 先生の優しさを無下にしたと、胸が締め付けられ苦しかった。自分の意思で最後のチャンスを断ったが後悔の念をより一層深くした。
友人には「お金がもったいないからやめた」と話していた。諦めたと口には出せず、表向きの取り繕った言葉だった。もし勇気を出して両親へ相談していたら。もし先生の好意に甘えていたら。 そんな「もしも」ばかりを、何度も頭の中で繰り返した。友人が帰ってきた際、留学先での楽しそうな出来事を聞いた。留学という夢の扉はもう私の手の届かない場所にあった。
それから数年後、私は社会人になった。 短大を卒業し就職した私は、仕事と生活に追われていた。平日は朝早くから夜遅くまで働き、休日はたまった家事をこなす。 淡々と過ごす日々の中で、ふと気がついた。
「もう、昔みたいに自由な時間はないんだ」
短大時代は朝から晩までの授業や課題に追われながらも、自由に使える時間がたくさんあった。バイトを増やしお金も貯められたはずだ。 あの頃は気がつかなかったが、逃したのは「留学」の経験だけではなかった。
「時間」という、人生で最も貴重なものだったのだ。留学を諦めた後悔は、それから幾度となく私を襲った。もう二度と海外へ行けないかもしれない。 諦めにも似た気持ちを抱えながら、私は毎日を懸命に生きている。
「あの日の私」からの言葉は、いつも私の心の中にある。「留学を諦めた自分を私は決して責めない。 けれどひとつだけ誓った。やりたいと思ったなら、もう二度と、お金や時間のせいで諦めないでほしい。この誓いは留学を諦めた私に、小さな夢を拾い集める勇気をくれた。
新しい資格の勉強を始め、音楽専攻の通信大学へ通い、様々な創作活動を極めると決めた。短大時代の私にとって、些細なことかもしれない。あの日の後悔があるから、今の私は小さな「やりたい」も決して見過ごさない。後悔を胸に、私は今日も小さな夢を叶えながら生きている。いつか人生という旅の途中で、あの日の私に胸を張って再会できる日まで。
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