こんなことを言うと驚かれるかもしれないが、少し前までの私は「30歳で人生を畳みたい」と思っていた。

口ぐせは「夢も希望もなければ、絶望もない」。真剣に言っていたのだが、家族や友人、職場の人には笑われていた。

結婚願望もなく、恋人や子どもを望む気持ちもない。だからといって人生を悲観していたわけではない。ただ、昇進やスキルアップを目指すわけでもない仕事を淡々と続ける日々。

「この先も同じ毎日が続くのなら、30という区切りで終えてもいいかもしれない」。そんなことを考えていた。

そうはいっても私の毎日がつまらないわけではない。好きなアイドルのライブや舞台観劇、ポスターの設置場所をアイドルを通じて出会った友人と巡ることは楽しい。今は「推し活」という言葉を耳にするが、私にとっては活動というより生活の一部なのだ。

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そんな私の心に変化が訪れたのは数年前。好きなアイドルの一人が、とあるブランドの新作コレクションに招かれ、ミラノのショーにフロントロウとして登場した。

ショーに到着したときや、アフターパーティーを終えた彼は一般人にも、いつもの笑顔と対応力だった。私は思わず「ここに行きたいかも」と声にしていた。

海外旅行の経験は姉との一度だけ。もともと海外旅行は「怖い」というイメージがあり、一人で行くなど考えたこともなかった。そもそも彼が次に招かれる保証もない。それでも「ミラノの空気を自分の目で感じたい」と強く思った。その瞬間、夢も希望もなかった私に光が差し込んだのだ。

それから私はイタリア語を学び始めた。学生時代の英語も韓国語も中途半端だった私にとって語学は得意分野ではないが、それでも新しい言葉に触れるのは楽しかった。
結婚や出産は相手がいなければ叶わない。スキルアップのための転職も選択肢としてあるかもしれないが、今の職場の人間関係を考えるとそこは変えたくない。
すべて人が関わってくることは、私一人だけでは達成しがたい。
けれど、イタリアに行くことは自分の力で成し遂げられる。30歳を目前にして、リスクなく挑める夢を見つけたのだ。

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しかも私にはもう一つ楽しみがある。イタリアへ行くときの服装は「着物」と決めているのだ。「好きなアイドルに和装をしてほしい。それならまず私が着れるようにならなくては」というきっかけで始めた着物だ。今では友人から「洋服の方が違和感あるね」と言われるほど、日常に馴染んでいる。

思えば、幼い頃に書いた夢も、進学や就職で掲げた目標も、一つも叶えてはいない。叶えた人を見ると尊敬もするが、同時に「私なんて」と卑屈になる気持ちもあった。

そうは言っても、そのときに興味を持ったこと、目指して努力したことで、今の私がある。
不純な動機でも構わない。夢は意外とすぐ近くに潜んでいるのだ。

夢というと壮大に聞こえるが、「今日はこれを食べたい」「早く寝たい」そんなささやかな願いも夢だと考えるようになった。

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かつて「夢も希望もない」と口にしていた私が夢を持った。
私自身は大きく変わってはいないし、イタリアに着物で行く夢が叶うかはわからない。
それでも、「今日はこれを食べたい」「明日は早く寝たい」そんな小さな夢と、大きな夢の両方を持って生きていきたい。