26歳、地方出身、東京暮らし。

学生時代の縁は、ほぼほぼ断ち切って、ここまで生きてきた。LINEは作り直して、インスタは消した。地元の同級生たちで私の消息を知る人は、ほんのひと握りだ。

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縁を切った理由は、周りにどう見られているか、周りがどんな人生の進捗を歩んでいるか、
過去の人たちに気をめぐらすのが、面倒くさくなったから。かなりの自意識過剰である。

毎年、年末になると地元の商店街では、元野球部たちが忘年会を催しており、その集合写真がSNSにアップされる。私は、もうすぐ年越しか〜と嫌な風物詩に眉をしかめているうちに、気づいたらインスタを消していた。

元野球部たちは、私が今、生きてるかも死んでるのかも知らんのだろうと思うが、それでいい。それが望みなのだから。SNSのアカウントを消し、周りから自分の状況を悟られないようにするのは、「リセット症候群」とも言うのだとか。

誰よりも完璧な自分でなければ、自分自身がそれを許さない。

処方箋のないリセット症候群を患ったわたしは、人生にリセットなんて存在するわけないのに、心の中でリセットボタンを押して、ひっそりと生きている。

彼女とは、リセットした後の世界で出会った。

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会社の取引先の同期である彼女は、声や態度のでかい人の多いこの業界の中で一際、穏やかなオーラを身にまとっていた。

彼女と会話をすれば、この人は信頼できるなと相手に思わせるほどの知性も持っていた。

そんな彼女と仲が深まったきっかけは、とある作品のプロジェクトで一緒になったことだった。若手ながらに淡々と仕事をこなす彼女は「あの子は仕事ができるね」と、評判が良かった。そんな彼女と二人でランチに行くことになり、初めて職場を離れて、日常のことを話した。

互いの新婚旅行の話や趣味など、ざっくりした質問を重ね、コミュニケーションを取っていた。

食後に名物のチョコムースをつつきながら、彼女からこんな質問を受けた。

「自分自身のこと、どんな人間だと思う?」

回答に迷いながらも、私は「いつも、今の自分は幸せかな?と自分自身に問いながら、その時々で出した答えに合わせて行動を決めてるような人間かな。ありのままの自分に自信がないから、そうしてるのかも」と答えた。

彼女は、「かっこいい人なんだね」 と言って微笑んだ。

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彼女のコミュニケーションは不思議で、なんと形容すれば良いか分からないが、例えるなら、無重力な感じ。私たちの周りにいる業界人特有の承認欲求が漏れ出ているようなギトギトな感じではなく、彼女はただフワフワと、このギトギトな世界に足をつけずに浮いている。

彼女らしい質問を投げかけてくれた日から、彼女の存在が、私の心にいるようになった。
次に会う約束がある訳では無いけどふとした時に彼女のことを思い出す。近くもないけど、遠くもない、友達という関係性がぴったりな彼女。

彼女の過去はあまり知らないけど、私たちは過去を共有したいのではなく、東京ギトギト世界の中で、やっとあなたに出会えた、という安心感で繋がっているのだと思う。

彼女は10月から部署が異動になるらしい。私の取引先でもなくなる。

もう会えなくても、また会えたとしても、素敵な質問をしてくれた彼女の幸せをこれから先も変わらず願う。

リセットボタンを押したつもりでいた心が、あたたかい気持ちを感じ出している。