私は、8歳の時に痴漢にあった。怖かったけど、誰にも言えなかった。それから何度も痴漢被害にあった。けれど、誰かに相談したことはもちろん、警察に報告したこともない。
一番被害にあっていた20代の頃は「自分が若い女だから、こういう目に遭う。歳を取れば、痴漢に遭わなくてすむ。今だけの辛抱だ」。そう思ってやり過ごしてきた。

私はバカだった。
私が歳をとってターゲットから外れた時は、私より若い世代がターゲットになるということに、思いが寄らなかった。

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それを突きつけられたのが、2015年。私は50歳の誕生日を迎えたばかりだった。

きっかけは、私の幼馴染がSNSに投稿した画像と文章だ。彼女は、娘さんが高校入学直後から登下校の電車内で痴漢に遭い続けてきたこと。手作りのカードを鞄に付けるようになって被害がピタリと止んだ経験を紹介していた。

カードには、大きく「痴漢は犯罪。私は泣き寝入りしません」と書かれていた。無料素材のイラストが添えられた、簡素だけれど強いメッセージ。
こんなものを身につけなければ、安全に電車通学ができない。
その現実に、ショックを受けた。同時に、自分の中に封じ込めていた怒りが、急に目を覚ました。

30年前の私に、この女子高校生のような知恵と勇気と行動力があれば。
私が起こしたアクションで、周囲の大人が動いてくれていれば。
今ごろ、社会から痴漢犯罪はなくなっていたかもしれない。
そう考えたら、いてもたってもいられなかった。

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電車内で痴漢被害に遭っているのは、彼女の娘さんだけじゃない。 誰もが使いやすい缶バッジにして、このアイデアを広げよう——そう決めた。
そして始めた「痴漢抑止バッジプロジェクト」は、10年のあいだに約3万個のバッジを全国に届けてきた。
最初は個人の思いつきだった。でも、私たちが声を上げたから、共感してくれる人が現れた。

応援してくれる企業、学校、鉄道会社、警察、行政。輪は少しずつ、確実に広がっている。
「痴漢は犯罪」という言葉は、いまや公共の場でも当たり前に掲げられるようになった。 以前なら“泣き寝入り”で終わっていた被害が、警察に通報され、加害者が逮捕される。 ほんの数年前までは考えられなかった変化だ。

社会は、確実に変わり始めている。
けれど、私の中の怒りは消えない。
いまだに被害を訴える少女がいる。 被害者を笑う者がいる。「冤罪が怖い」と言って、加害者の存在を見ようとしない空気もある。
私は、そこに黙ってはいられない。
あの日の私が黙ってしまったように、 いまの子どもたちに性暴力が身近にある日常を「仕方ない」と思わせてはいけない。
私は変わらない。 怒りを手放さない。 声を上げることをやめない。

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だけど、社会は変わる。
「痴漢は犯罪だ」と堂々と声を上げる人が増えた。 子どもを守ろうと立ち上がる大人が増えた。私は、その流れを信じている。

被害者が自分を責めずに生きられる社会がくると信じている。
ひとりの小さな声が、社会を変えることができる。
その証明のために、私は今日も痴漢抑止活動を続けている。