きちんと就活を始めたのは2月末からだった。説明会に足を運び、自己分析という名の自分が社会にすり合わせられる部分探し、あと気まぐれにSPI対策。でも、気づけば初夏もとっくに過ぎ7月だ。5月までに就活を終わらせようとしていた当初の計画は、あっけなく潰れてしまったのだ。

難航の理由はウイルスじゃなくて、肥大化したホスピタリティ精神

今年2020年は就活スタートとほぼ同時期に新型ウイルスが世界的に流行した。業績悪化の為か採用を中止にする企業が出てきたり、対面ではなくwebでの説明会と面接がメインになったり(これは正直交通費と行く手間が省けて助かった)で例年とは全く異なる就活に人事も学生も混乱した年だった。きっと私たちの世代は後々"コロナ世代"と呼ばれるだろう。
しかし、私の就活が難航している理由は新型ウイルスの流行のせいではない。就活が上手くいかない理由をどうせならウイルスに転嫁したいものだが、明らかに私の問題である。世界がパンデミックになってようがオリンピック直前で売り手市場だろうが私は同じ道を辿っていたと思う。なんとまぁ悲しい。

私は就活の際、事業の社会貢献性の高さと、どこに行っても困らないように自分が成長できる環境を軸にしていた。普通すぎるくらいに普通の軸だ。就活の軸といえば!みたいなペラペラの軸。とりあえずこういう感じの事言っておけばいいんでしょ?というテンションで作った。

ぱっと見ペロペロパーな軸だが、社会における弱者を救済したいと本気で思っている。でも私は実力も経験も行動力も伴っておらずエモーションしか持ち合わせていない。人事からはこの"実力不足の口だけエモ"を見抜かれていたせいか、ことごとく落とされまくった。ビジネスの場に大した実績もない肥大化したホスピタリティ精神を持ち込む学生が来られても人事もそりゃ困るだろう。

経済的に苦しい家庭で、幼少期は泣く機会が多く、修学旅行にも行けず

そもそもなんで社会貢献したいのか?それは彼らに携わることで自分を救済したい、というエゴがあるからだ。

私は経済的にあまり余裕がない家庭で育った。父は昔手取り1000万あったが諸事情で今や準非課税世帯。高校の頃修学旅行に私だけ行けなかったり、大学の学費は全て私持ちだったり、家に生活費50万くらい貸したりで苦学生だと思う。でも富裕層に対してのルサンチマンは持ち合わせてないし、両親が大学進学OK出してくれたし超不幸!ってわけでもない。そもそも都内に実家がある時点で所謂"下駄"が一切無いわけではないのだ。
ただ、俗に言う一般家庭よりかは幼少期泣く機会が多かったと思う。笑っている思い出よりも泣いていた思い出の方が多い。
経済的に苦しくなったことで夫婦喧嘩が増え、更に同時期に兄が事故死し、もう家族みんな疲弊していたと思う。当時5歳だった私は母の携帯を借りてよくミニゲームをしていたのだが、ふと母のメール欄を見てしまったことがある。「子どもと一緒に死んでやる」という旨のメールを父に1日に何十件も送っていた。私たち子どもを殺し、自殺しようとしている母に幼いながらにショックを受けた。
子どもは親の経済事情をどうにかする力や親の喧嘩を仲裁する力などあるわけもなく、ただこの状況を受け入れるかしかなかったのだ。

積もりに積もった感情を、どうせなら仕事にぶつけてしまおうと

こんな環境下で育ったせいもあってか、環境要因や先天的・後天的要因で生きにくさを抱えている人達を見ているのが辛い。ホームレスの横をそ知らぬ顔して通り過ぎる時、バイト先の常連さんが精神病棟に入院したと聞いた時。何も出来ないのが普通だし、何もしないのが普通だ。私は自他の境界線が薄いのかもしれない。感情で動き過ぎているのかもしれない。そんなことはわかっていながらも、彼らを見て見ぬふりをする度に罪悪感が少しずつ心の中で折り重なっていく。20数年生きてきて、この気持ちのやり場にとうとう困ってしまったのだ。
この積りに積もった感情を、どうせなら仕事にぶつけてしまおうと思った。仕事で社会的弱者に関わることで自分の心の平穏を保とうとしているのだ。

そんなこんなで今は当初志望してした業界を受けるのをやめ、webメディア業界を志望している。自分が考えていること、良いと思ったもの、広めるべきだと思う情報を世の中に発信したい。自分を含めた社会の"普通"の枠から外れた人達を救いたい。社会の"普通"の範囲を広めてやりたい。むしろ、ぶち壊したい。私は、人よりちっぽけで無力で、皆が当たり前にできることができないけど、できないからこその力があると信じてる。たぶん。