今回もたくさんのご応募ありがとうございました!

今回はSNSがテーマということで、かがみすとの皆さんにとって、すごく身近に感じられるエッセイも多かったんじゃないかなと思います。
全体的にポジティブなエッセイが多かったですが、なかにはSNSに対して少しネガティブなものも。
いろいろなエッセイを読み、SNSとの付き合い方の難しさや、良い点や悪い点があることを改めて感じました。


では、さっそくかがみすと賞1本と編集部選4本を発表していきましょう!

各タイトルをクリックすると、それぞれの記事に飛べますのでぜひ読んでみてくださいね。

かがみすと賞

◆恋人よ、SNSに私のことを投稿しないで。目の前の私に集中してほしい(大久保遊花)

恋人がSNSに自分のことを投稿する。それが嫌で仕方なかったという大久保さん。いろんな意見が出てくるテーマだと思いますが、個人的にはとても共感しながら読みました。

文章がとても上手でわかりやすく、なぜ自分がSNSに投稿されるのが嫌なのか、恋人とどういう関係を築きたいのか、を冷静に分析しているのが印象的でした。

さらに、ところどころに出てくる比喩表現がなんとも絶妙!

あれから5年経った今でも肩を寄せ合う笑顔のツーショットは莫大な情報の下敷き。100スクロールもすれば世界中の誰でも発掘できる痛々しい化石だ。

これはその一つですが、ちょっと皮肉っぽいところも素敵。共感できる読者も多いのではないでしょうか。

公開することで得られる大っぴらな喜びより、秘密にすることで得られる悦びは毎日をウキウキさせてくれる。チラリズムくらいがセクシーかもね!

最後のこの締めも見事でした。「秘密にすることで得られる悦び」、絶対ありますよね。
「チラリズム」という表現も、うまいなぁと唸りました。

少し長めのエッセイですが、とても読みやすいので、ぜひ全文読んでみてください!

編集部選

今回も編集部選として、4本、ご紹介します!

◆一生モノの友情に出逢った。リアルではなく、SNSで(千鶴)

コブクロ繋がりから5年以上もSNSで繋がり続け、その友人の結婚式に出席したというお話。まるで映画のようなお話で、感動しました。

Twitterを始めなかったら、絶対に出逢っていなかった人がいる。そんな“彼女”とは、出身地も、通っていた学校も、住む場所も、目指す先も、何もかもが違っていた。共通点は「コブクロが好き」、たったそれだけ。

私も音楽の趣味が合う友達がいなくて、ファンサイトの掲示板に入り浸っていたのを思い出しました。(当時は今ほどSNSがなかったので、、ひと昔前なのがバレますね…笑)
音楽だけでなく、趣味が合う人とSNSで交流した経験がある人は共感できるのでは。

自分の価値観を共有できる人など、この世界にはいないのだと思っていた。でも実際は、学校の教室とか職場とか、ほんの氷山の一角をみて世界を知った気になっていただけ。この足でもう少し先へ歩いてみたら、そこには広大な海が広がっていたのだ。

SNSの魅力がこの文章に詰まっているなぁと思いました。
全世界の人と出会えるって、冷静に考えるとすごいことですよね。

SNSの危険性が叫ばれることも多いですが、改めてSNSっていいものだな、と思ったエッセイでした。

◆親から知らされていなかった姉。その存在を探して、好きになるまで(ポリポリ・ムーン)

半分血の繋がっている「お姉ちゃま」の存在を知り、SNSを通してその「お姉ちゃま」の人柄に触れていくポリポリ・ムーンさん。
「お姉ちゃま」のことを知りたい気持ちと、直接会いには行けない葛藤が文章から感じられて、胸がいっぱいになりました。

沢山のモノやコトが溢れている社会の中で、私とお姉ちゃまが選び取った世界が重なった事実にじわっと胸が熱くなった。

血が繋がっているからなのか、たまたまなのか…本当のところはわからないけれど、「お姉ちゃま」と同じ世界を見ていた嬉しさが伝わってきます。

私はSNSを通してお姉ちゃまの生活の一端を想像し、 来店したお客さんとのコメントのやり取りで、彼女の人柄を垣間見ていた。

SNSって交流するものと思いがちですが、こういった魅力もあるなぁと気付きました。そういう意味では、先ほどのエッセイ「一生モノの友情に出逢った。リアルではなく、SNSで」とは対極にあるエッセイかもしれません。

こちらもまるで映画のようなお話ながら、地に足のついた文章が素敵でした。

◆「わたしだけの部屋」だったSNS。向かうのは、もっと開けた場所(つちやぼたん)

SNSの使い方について、自己客観視できている点が秀逸でした。

社会人になってわかったこと。それは、働くことの本質が、「他者の望みを実現させること」にあるということ。(中略)だから、わたしは働いていると、実現できていない「自分」が余っているのに気づく。

私も何年も社会人をやっていますが、「働くことの本質が、『他者の望みを実現させること』」との指摘に、なるほど…と唸りました。さらに「『自分』が余っている」という表現も言い得て妙。
読み始めて数行で、名言がポロポロ出てきます。

そんな「あり余った自分」を発散させるために、読んだ本をアップするアカウントを作ったつちやぼたんさん。

誰にも阻害されない、自由な自分だけの部屋。それがわたしのSNSで、SNSがあるからわたしは自分の気持ちを発露できる。

ところが、SNSを使い続けていくうちに、つちやぼたんさんの気持ちが次第に変化していきます。

そうして気づく。初めは、あり余った自分を「消費」させるためのアカウントだったけれど、他者とつながり、そして他者に働きかけるメディアへと向かっているということを。

SNSは、「自分だけの部屋」から「もっと開けた場所」へ。SNSの使い方の変化が、具体的な経験や行動に基づいて書かれていて、とても説得力がありました。

◆拝啓、ぱんだちゃん。Twitterで出会って、私を救ってくれてありがとう(熊田はむ)

Twitterで出会ったぱんだちゃんへの思いを綴ったこちらのエッセイは、手紙調の文体が新鮮でした。
否定的に見られがちなSNSの出会いですが、自分が救われた話を淡々と書いているのが良かったです。

ぱんだちゃんのこと、歳と、なんか中部地方のほうに住んでるってだけしか知らない。たぶんあなたも私のこと、そのくらいしか知らないと思う。

SNSで、本当の友達に出会えた。外見とかステータスとか、スポーツクラブに入っているいないとか、そういうことどうでも良しな友達。あの狭い世界では出会えなかった、本当の友達。

スポーツクラブに入っているいない…確かにそういう些細なことで、友達付き合いが変わってきますよね。小学生とかであれば、なおさら。
その人の内面を知って仲良くなるには、外見やステータスって余計な情報なのかもしれないな、と気付かされました。

ぱんだちゃんのおかげで、世界の広さを知ったよ。自分のことが好きになったよ。

ぱんだちゃんのの存在が、熊田さんの支えになっていたこと。それが文章の端々から伝わってきます。読んでいて心が温かくなるエッセイでした。

以上、SNSがあるから、かがみすと賞の発表でした!
現在は「地元に想うこと」のテーマでも募集しています。
ご投稿、お待ちしております!