23歳の私は、83歳の祖母と一緒に住んでいる。
祖母は出掛ける準備をする時、洗面台と全身鏡の前を何往復もするようなおしゃれな人だ。
いつも香水のいい香りがして、最近もかわいいグラデーションの靴下を買っていた。

どんな時も口紅をちゃんと塗っていて、趣味は通販で新しい洋服を揃えることとデパートでのお買い物。
時々、私のアクセサリーを着けてお友達に会いに行くこともある。若々しく暮らす人だと思う。
そんな祖母の小さな一言について。

今年(2020年現在)、新社会人になった私はとにかく新しいことがしたくてジムに通ったり、マッチングアプリを始めたりした。
アカウントを放置したままだったInstagramもやたら投稿するようになった。
タトゥーを入れることも、その「挑戦したいことリスト」に含まれていた。
流行りの小さめのさくらんぼと星を二の腕のあたりに入れたいと、デザインをあれこれ考えていた。

タトゥーをいれることを、祖母に伝えると…

一応言っておこうと思って、夕食を食べながら祖母にタトゥーを入れようと考えていることを伝えた。
そうしたら、本当に何となくだった。祖母は反対するでも賛成するでもなく、「年を取ったら、肌がたるんでくずれちゃうわよ」と言った。

その一言で、私は自分の考えの幼さに気が付いた。私も年を取るんだ、と。どうしてそれを忘れていたのか。今思えば、無意識に考えないようにしていたのかもしれない。
正直、タトゥーを入れることについて年配者としての意見を言われるのかなとは思っていた。

でも、入れてはいけない理由を並べられるよりよっぽど「タトゥーはしない」とすっかり考えが変わった瞬間だった。
そして、その一言で自分が年齢を重ね続けていることに気付くと、結構焦っていたのかな思う。じゃあその焦りは何からくるのか。

「若い」と言われると同時に「若くない」と思われる年齢になることに焦った

新卒で入った会社では、ことあるごとに「若い」と言われる。社内外問わずその枕詞がついてくる。
確かに、自分がたとえどう感じようとその集団の中で若いことは事実だし、深い意味はない。でも、きっとその若さに驕っていた。同時に、言われる度にいつか「若くない」と思われる年齢になることを想像して焦っていた。

だから急に、自分が若いうちにしかできないと信じていることを試してみるようになったのだと納得した。自分の「若さ」を残そうとしていた。

ジムもマッチングアプリも、自分にとっては今やらないとできなくなってしまうことだった。Instagramも、投稿することで流行りについていけてる安心感が得られたから頑張ってた。

タトゥーを入れることは自分にとっての若さを主張する最たる方法だった。来年の夏はタトゥーが映えるような洋服を揃えたいと思っていた。若気の至りで入れちゃえ、みたいな勢いが必要だった。

今が楽しいのも大切だけど、将来の自分のために生活したい

今が楽しくて、幸せなことももちろん大切だけれど、2021年はもっと長生きする自分のために生活したい。私は、若くても若くなくなっても自分の身体で生きるのだ。

よくよく意識すると、自分の身体が数年前と違うこと、数カ月前と違うことも判ってくる。肌の調子だって、肉付きから滲む何かだって変化している。
そしてそれを時々でいいから、気が付ける自分になりたい。

83歳の私は思い通りのバランスで白髪は生えていないだろうし、自分のことを醜いと思う瞬間も増えているかもしれない。

タトゥーを入れようと思っていた部分は、もちろんちりめんみたいになっていて引っ張るとよく伸びる皮膚で覆われているだろう。

23歳の私は60年後を想像して、タトゥーを入れないことを決めた。だからその考えを大切にしたいと思う。そうしてあげたいと思う。
いつか、祖母のように自分の「若さ」に合ったおしゃれをできる人になろうと決めた。
60年後の身体のための2021年にする。