出不精で、景色といえばベランダから見える夕日くらいしか思い浮かばなかった私。そんな私にも、「好き」と思える景色が見つかった。
それは、グリーン車の一階席から眺める景色だ。

「え?なにそれ」
「普通、海外の絶景とかじゃないの?」
そんな風に笑われてしまうかもしれないけれど、それでも構わない。

2020年、夏。緊急事態宣言が解除されてから実家の都合で一時帰省することになった私は、感染症対策のために少しでも「密」を避けられるよう、グリーン車で帰ってこいと親に念を押された。
これまでも何度かグリーン車に乗ったことはあるけれど、一階席に乗ったのはこの時が初めて。そもそも座席にこだわりなどなく、座れさえできれば場所なんてどうでもよかった。いつもは何となく流れで二階に乗っていたが、その日は何となく一階席へ降りた。ただ、それだけ。 

グリーン車の一階席から覗く非日常な光景から目が離せなかった

そんな気まぐれで乗り込んだ一階席の車窓から見えた景色に、私は思わず見とれてしまった。自分の肩より少し低い位置に、分厚いコンクリートの淵が見えたのだ。
それは私がいつも何気なく歩いていた、ホームの地面だった。その上をスニーカーに革靴、ブーツを履いた人たちが足早に去ってゆく。彼らのひざ下が、私の目線と交わる。

その不思議な光景から、私は目が離せなかった。「グリーン車の一階席が?ちょっと大げさじゃない?」と親には笑われてしまったけれど、あの景色の良さは実際に乗ってみないとわからないと思う。

グリーン車の一階席から見た景色がこれほどまでに印象的だった理由は、実は「非日常的」以外にもある。
それは、席に座ってしまえば身長に関係なくほぼ同じ目線で景色を楽しめるということだ。もちろん、同世代・同性の方々と比べて身長が約10cm低い私でも。

身長が低いのは今も昔も変わらない。今でこそ気にならないが、思春期などの多感な時期には身長コンプレックスが常に付きまとっていた。
バレない程度にほんの少しつま先立ちしてみたり、歩道の縁石を吊り橋のごとくヨタヨタと歩いたり…。
私と違ってしっかりと身長が伸びている「普通の人」から見える景色を知りたくて、私は何度も何度も背伸びした。

劣等感を抱き、背伸びばかりしていたあの頃の自分に見せたかった光景

一階席から見える不思議な景色に感動すると同時に、必死に背伸びをしていた当時の自分を、ふと思い出してしまった。
この景色を、悩んでいたあの頃の自分に見せてあげたかった。無理に背伸びなんてしなくても、こんなにステキな景色は見られるのだと教えてあげたかった。

もちろん、コンプレックスがあろうがなかろうが、グリーン車の一階席から見える景色は魅力的だ。
いつも歩いていた駅のホームを通常ではありえないアングルから見られるのは、グリーン車の一階席に乗った者の特権。
過去に身長コンプレックスを抱えていた私は、あの頃の自分にとって救いになるような景色に出会えた気がした。母の言う通り、大げさかもしれないけれど、嬉しかった。

あの日偶然迷い込んだグリーン車の一階席には、身長に劣等感を抱き、背伸びばかりしていた昔の私に見せたい景色が眠っていたのだ。