父を探そうと思う。私を忘れんな、と伝えに行く。
「どこで何を?」ずっと蓋をしてきた、ごくごくシンプルな思い
何から伝えればいいのか。筆者の事実確認から始めよう。29歳・独身。転職を経て大手金融機関・総合職で営業部在籍。育ちは神奈川県。一人っ子で母子家庭育ち。恋愛経験、それなりに。
そして、22年間、父親と会っていない。わたしは、過去をはっきりさせたくて、現在を生きる気持ちに霧をかけたくなくて、未来は泣きたくなくて、真実を白日のもとに晒そうと決めた。
「彼はどこで何をしているのだろう」。ごくごくシンプルなこの思いは、ずっと蓋をしてきた気持ちなのだ。ましてや2020年のこの最中、どうやって生きているのだろう。両親が離婚しても、親は親。子は子。どうやら、世間の多くは、離婚をしても父親というものは定期的に息子や娘に会うものらしい。人によると思うが、私の生活で出会う人々は「父と娘は会う」ものらしい。そんな事実を知っておきながら、わからないまま時は流れた。そして自分から会いに行かなかった。父との時間は私の年頃と言われる年齢から現在を振り返っても無に近く、何もなかった。
数十年間、父からの愛情を乞おうとしなかったのは、外でもない娘のわたし。会いに行くことが難しい時代に、顔がわからない人に会いたいという気持ちが浮かんできた不思議さよ、人間とは足りないものを求め続ける生き物なのだと痛感する。
戸籍の辿り方をレクチャーされた。「なんだ、簡単じゃないか…」
パンデミックのクリスマス、12月25日金曜日の朝8時30分、知っている法律事務所に電話をかけた。Googleで事務所の名前を探して、震える手でスマホのスクリーンをタッチした。淡々と番号を打つ。緑の部分をタッチした。「はい」が聞こえた瞬間、引き声涙目になりつつもわたしは29歳の女なので電話は正気を保って話せる。
相手は穏やかな、しかし説得力のある落ち着いた声の男性弁護士だった。15分くらい話をしたあと、わたしの仕事があるので昼にまた電話することになった。
昼、電話をかけ直した。先ほどの弁護士さんと違う女性が、電話口に出られた。長くその事務所に勤めていて、私の両親の離婚の様子を22年前の様子をはっきりと覚えているらしい。過去を彼女は振り返りながら、これからの手がかりを彼女はわたしに告げた。RPGだったらとても大事なシーンだ。
戸籍の辿り方をレクチャーされた。それがなにより大事な情報だった。「なんだ、簡単じゃないか…」。安堵だ。笑えてくる。天井を見上げて、ひと呼吸する。大きなクリスマスプレゼントじゃないか。
この気持ちを、どのシチュエーションで話せるのだろうか
私が父のことを知らなければ、父も私のことを知らず。お互いの状況は知らない。すると、次のような感情が血液に乗っかって29歳の女の体を循環する。8歳、両親の離婚は、娘の人格形成の大きな部分を作ったこと。13歳、苗字が代わったことがコンプレックスだったこと。15歳、高校受験に敗れたが、屋上から海が見える制服の可愛い高校に進学が決まったこと。19歳、レストランでのアルバイトをきっかけにフランス語を始めたこと、23歳から28歳の間、転職を繰り返したこと。そして自分が頑張る居場所を見つけたこと。そしてかなり忙しくしていること。
「お父さん、全て、知らなかったでしょう。22年を経てわたしの成長した姿を」。この気持ちを、どのシチュエーションで話せるのだろうか。浮かんでは消える、ありふれた言葉。こんな時代だから、アクリル板越しかもしれない。それでもいい。父は、今のわたしの持つ情報からだと頼りない男性なのかもしれない。私の養育費も裁判で決まったのに払わなかった。でも娘の私はもう、お金が欲しいなんて言わない。こちらも、与えるほどはない。望むことは、10年に1回、私の年齢に9がつくときに、一緒にコーヒーを飲んでくれたらなと思っている。これからの未来を見守ってほしい。そして、物語は現在進行形。これからいつ役所に行こうかと、手帳を開いているところだ。