みんなは何をかわいいと思う?
小動物?アクセサリー?スイーツ?ファッション?モデル?かわいいは人によってさまざまだ。

どうでしょう? 王道のかわいいとは少しズレのある、私のかわいい

そもそもかわいいとは何だろう。調べてみると、「きれかわ」「おにかわ」「ぶさかわ」などを含む、かわいいの種類がたくさんあることを知った。いろいろなかわいいがある中で、私のかわいいは一風変わったものが多かった。

ペットショップに売られている両生類や爬虫類の手のひらがかわいい。ウーパールーパーのあくびしている姿がかわいい。窓にはりついてるヤモリがかわいい。カマキリがカマをふりあげてバンザイしている姿がかわいい。スーパーで売られているタコの足先のクルッとなっているところがかわいい。天気予報の雪マークが目で雪を追っている姿がかわいい。王道のかわいいとは少しズレのある私のかわいい。みんなはどう思うだろう。私の思うかわいいは物や生き物だけではない。しゃべり方やしぐさだってかわいいにあふれている。

大好きな姉が言った言葉と私の言った言葉がそろった時、姉と目があった時、姉が寝ている時、姉がスマホを眺めている時、姉が仕事をしている時、姉がテレビを見ている時、私にとっては全部がかわいかった。「姉ちゃんはいるだけでかわいい!」と言ったら、両親は何を言っているんだと呆れた目で私を見た。でもかわいいものはかわいい! 姉の存在そのものが私の中でかわいいになっている。姉だけでなく、母や仕事場、電車の中でもかわいいしぐさをしている人であふれていると感じている。

男性もかわいいを喜べばいいのに。嬉しい、楽しい気持ちになる言葉

かわいいはマイナスの言葉ではないと私は思う。男性からしてみたら、かわいいと言われたらかっこ悪い、恥ずかしい等と嫌がられるかもしれない。でも、男性もかわいい表情やしぐさであふれていると思う。男性もかわいいを喜べばいいのにな、と思ってしまう。かわいいには癒しの効果はもちろん、嬉しい気持ちや楽しい気持ちにもさせてくれる素晴らしい言葉だと思っている。

あの人はブスだ。あれはかわいくない。あれはキモイ。なんて思うより、些細なものや些細なことでもかわいい! と思った方が、ずーっとずっと世界が楽しく明るく見えると思う。良い話題が少ない傾向になりつつある今だからこそ、ふとした瞬間のかわいいに癒され、かわいいを大事にしたいと思う。

え、これがかわいいの?全然かわいくない。変な趣味等と、かわいいを否定する人がいるかもしれない。でも、かわいいと思うことを非難される筋合いなんてないし、人の感じ方なんて全てが同じことなんてありえない。かわいいと思う感性は自由だ。

かわいいと思うようにすると、苦手なものがかわいく見えることも

私のちょっとしたことのかわいいは、他人から見たらかわいくないことかもしれないが、私からしてみれば、生きることが楽しく明るくなることだと思っている。

そしてかわいいと思うようにすることで、苦手なものもかわいく見えてくることもあった。私はクモが苦手だった。家によくいる1cmほどの大きさのクモ、アダンソンハエトリを、「アダソン」とかわいくニックネーム風に呼んでみることにした。「あ、アダソンがジャンプしてる」「あ、アダソンが蚊を退治しにきてくれたのかな」とアダンソンハエトリを見ながら何気なく過ごしてみた。すると苦手だったクモが、なんとなく親しみのあるものに見えてきた。かわいいは苦手なものまでも克服してくれる魔法の言葉になっていった。

だから私は、これからも五感でかわいいを感じ取り、かわいいの幅をもっと広げ、かわいいにあふれた世界を見ていこうと決めた。そうすることによって、生活がより豊かなものになると思った。かわいいは自由、誰が何と言おうと、かわいいの感性は自由だ!