私は時にどうしようもなく落ち込む日がある。そんな日には私は今まで私が出会ってきた”誰か”のことを思い出す。

今日は朝から雨が降っていてじめじめとして憂鬱だった。私はベッドの中で窓に打ち付ける雨音を聞きながら真由ちゃんのことを思い出した。

真由ちゃんは私の大学の知り合いで、おとなしめの女の子だ。新型コロナウイルスの感染拡大のせいで大学がオンライン授業になって、私も真由ちゃんもお互い遠く離れた実家に帰ってしまったから最近は全然連絡をとれていないけれど。
まだ大学の授業がキャンパスで行われていた時、一度だけ真由ちゃんの家にお邪魔したことがある。たしか、課題を一緒にやらなきゃいけないとかそういう理由で、真由ちゃんが快く自分の部屋を提供してくれたのだ。

なぜか部屋の一角に並べられた色とりどりの長靴

真由ちゃんの家のリビングはきれいに整理整頓されて、鼻につかない程度に、うっかりすると見落としてしまうくらい控えめに、おしゃれな小物なんかが飾ってあったりなんかしてまさに女の子らしい部屋だった。

ただ、その部屋の一角に明らかに異質なものがあった。長靴である。白を基調としたリビングの一角に青いビニールシートが広げられ、その上に8組くらいの、色とりどりの長靴が並べてあった。カラフルすぎる長靴は真由ちゃんの大人しくまとまったお部屋には少し馴染めていなかった。「なんだろう?」と思って不思議に眺めていると、そんな私に気づいた真由ちゃんは少し恥ずかしそうに言った。
「ごめん、片づけ忘れてた。」
「長靴?いっぱいあるね。」
「私、長靴好きで。」
「インテリアとして?」
「ううん、履くのが好きなの。この歳になってから、あんまり出来ないけど長靴で水溜まりをパシャパシャと歩くのが好きなの。」

真由ちゃんははにかみながらいたずらっ子のように笑って言った。
「なんていうか。無敵になった気がするでしょ。」

その時、真由ちゃんの隠れた一面を見れた気がしてとてもうれしかった。そしてそんな真由ちゃんの秘められた一面を素敵だと思った。

今日も真由ちゃんはワクワクしながら長靴を選んで、密かに水溜まりを踏む無敵感を味わっているかもしれない。そしてそのことを知っている人はそんなに多くないかもしれない。そう思うとなんだか嬉しかった。

だから私も、レインコートを引っ張り出して、長靴なんて持ってないから使い古したスニーカーを突っかけて外に出た。メイクもせずに、水たまりに飛び込んでいく私を誰も見ないでくれと願いながら。

じゅくじゅくに濡れたスニーカーを乾かして、お湯を沸かし、コーヒーを淹れる頃には、朝の憂鬱はどこかへ消え去っていた。こういう時、私は人と出会うって素晴らしいなぁと思う。

これまで出会った人たちの世界が私の世界を別のものに変えてくれる

私は人の考え方、感性に触れるのが好きだ。私はこれまでたくさんの人に出会い、沢山の人の世界に触れてきた。時には直接、時には人づてに、また時にはその人の書く文章やその人の作り出す芸術を通して。それらは私の世界をまるっきり別のものに変えてくれる。
私は今まで出会ってきた沢山の人との思い出の上に立っている。そして、時々必要な時にそれらを引っ張り出してはその人のことを思い出し、その人の視点をお借りするのだ。
私一人では憂鬱な雨の朝も、なんだか無性に寂しくなってしまう星の綺麗な夜も。
その人たちのことを思うと、その人たちの考え方を真似してみると、「そんなに悪くない」って思えるから。

私が今まで出会ってきた人の数は、私が覗ける世界の数で、それはつまり私が幸せになれる可能性の数だ。だから今日も私は今まで出会ってきた人たちに感謝しながら、また新しい出会いを探しに行くのだ。