私は生まれつき自閉症、それに伴う不安障害を抱えている。つまり、会話がかなり下手で、そのせいで自信を失くしている。

そして小さい頃に両親が離婚し、母子家庭で育った。この時の私はよく怒鳴りよくヒステリックを起こし、結婚相手を間違えた母のようになりたくないと、童話のお姫様のようになるべく恋多き乙女となったのだが、所詮自閉症、人との距離の取り方が圧倒的に下手で、迷惑をかけるしか無かった。
この時に自分は恋愛ができないと気付けばよかったのだが、母すらも私の障がいを理解することもなく、ただ私を忌み嫌うばかりだった。
もはやこれは仕方がない。母ですらも、私をどうしようもない子と見做したのだ。

理想的な『普通の家庭』を私は想像できない

そしてようやく私は現実へと目が覚めた。両親の離婚の原因は、お互いの相性の悪さだった。なぜ結婚したのか問い詰めたいくらいだが、今更しても遅い。
そんな二人の間に生まれた私は果たして、二人とは全く違う人生を歩めるのだろうか。

今でも人との距離感の掴み方が分からない。分からないからこそ、前に出るのをためらってしまう。そして、母と同じように人に理想を押しつけ、気に入らなければヒステリックを起こし、勝手に不機嫌になってしまう未来が見えてしまうと、人と交際すること、結婚することに不安がよぎる。 
母と同じ轍を踏んでしまうのかもしれない。私には円満な家族というものを知らない。理想的な『普通の家庭』を築くのに、そのお手本というものを私は想像できないのだ。何より私は障害を抱えている。相手に迷惑をかけることが目に見えている。

人をサンドバッグにして機嫌を取ることは間違っている

しかし大人になった今、直面せざるを得ない事態となった。地元の近所に住む友人が結婚したことを受け、ついに母が私に結婚の予定を尋ねてきた。母は私の心情などどうでもよかった。それよりも孫の顔が見れるかどうかが気になっていた。
自分自身を棚に上げて、彼氏が出来ないことを蔑む母にうんざりし、ついに本音を吐いた。

「ヒステリックを起こす母と会わせたくないから結婚する気はない。何より自分も母と同じことをするかもしれないと思うとさらに結婚が怖くなる」

本当に愛している相手なら、傷つけたくないのが通常だろう。母のように、人をサンドバッグにして機嫌を取ることは間違っている、と素直に話した。
結果は、平手打ちだった。私の頬に一発与えた母は、いつものように私を「障がい者」と罵り、勝手に機嫌を悪くした。

友人の結婚をめいっぱい祝福したい。それが私にとっての幸せ

私は人との距離の取り方が苦手だ。こうして本音を話して怒りをぶつけられるくらいなら、また、私自身が同じようなことをしてしまうくらいなら、一人でいたい。私の障がいのせいで迷惑をかけるくらいなら、結婚はせず、一人で墓場に潜りたい。

ただ、結婚自体を否定しているわけではない。他の人の結婚は喜ばしいものだし、お祝いの気持ちを送りたい気でいる。他の人が幸せでいることが私にとっての幸せだが、自分自身が恋人を作ることは、そのまだ見ぬ恋人のためにはならないというネガティブ思考が働く。
この思考の歪みは一体、私自身の障がいのせいなのか、母など周りの環境によるものなのか。
見当がつかないが、これからも友人が結婚をしたらめいっぱい祝福を送りたい。それが私にとっての結婚に関する幸せだ。