競争がきらいだった。わざわざ人と争ってまでてっぺんに登る気はなかったし、人から対抗心を燃やされるのもごめんだった。何事も波風立たせずにやっていけたら何よりだし、のらりくらりと交わしながらそれなりに生活していきたい。そう願って十数年生きてきたが、かなしきかな、受験戦争というものはそうもいかないらしい。

模試の結果にちらりと目をやる。ふむ、前回より点数が少し下がったが、希望校のボーダーを見れば合格圏内ではあるか。全国受験者中何位。校内受験者中何位。志望校志望者中何位。ご丁寧にどこを見てもランク付けされている。争いたくはないというものの、自分がどの位置にいるのかを知るのは少し安心できるというのも事実だ。自分より下の人がいることにほっとしてしまうのは、なんだか悲しいような気もするが。相手なんていなくても、ただテストでいい点を取って、大喜びしていた小学生のころの自分はもういないのかしら。

ふう、とためいきを一つ。この模試を超えて、受験を超えて、就職まで本当にたどり着けるのだろうか。しんどいなあ。非常にしんどい。私は最後までやっていけるのだろうか。土俵に立つ前に戦意喪失しているけれど。なんだっけ、戦う意思のないものは…そういう名言なかったっけ。トン、トンとシャープペンシルを押しながら窓の外を眺める。とりとめなく浮かんでくる不安のようなものをこのまま空にうつしてしまえれば、少しは私の気持ちも晴れるのだろうか。

競争をする中で結果を出せる、そんな闘争心のあるタイプじゃない

とにかくこの誰かと争わなくてはいけない状況というものは、私には折り合いつけがたいものだった。だって、疲れるから。ライバルがいて、競争をする中で結果を出せる、そんな闘争心のあるタイプじゃないですから。

けれど、受験「戦争」と謳われるくらいなのだから、己も戦士の気概を持っておいた方が良いのだろうと頭では理解していた。たとえ、この戦争を勝ち抜いた先で、戦場に立っている自分の姿が想像できないとしても。

「あんたみたいなゆるいやつがいてもいいんじゃない。」
髪の毛をくるくるとまきながら、ぽつり。友の発言に驚いて顔をあげる。
「みんながみんな、闘争心あって、軍隊みたいにきっちりしてたら、息がつまるやん。」
晴天の霹靂だった。(情景描写で言うならば暗闇に差し込んだ光といえばよいか。)
目をまん丸くして、胸のほうから湧き上がってくる言葉を紡ごうとするが、「そ?」なんてとぼけた声しか出ない。

でも、そうか。そうやって思ってくれる人もいるんだ。
「なんかさ、隙のある人間のほうが見てて安心するよ。」
ム、今のはちょっとばかにされたか?と思いつつ、軽く肩をたたくとクツクツと笑う。

無理に横を見て、相手を気にしなくったって、自分のペースでゴールできる

戦場に立っている私がこちらを向いた。
なるほど、誰かと競う気持ちがなくてもそちらに行くことはできるのだな。そこに立つためにいくらかの人を追い越していかなくてはならないけれど。けれど、ずっと前を見ていればいい。無理に横を見て、相手を気にしなくったって、自分のペースでゴールに到達さえできれば!それじゃあ、そのあとわたしは何をする?多分、一息ついてポケットの底にあったチョコレートをひとかじりする。疲れたから当分補給しないと!それから、地面に寝転がって読書するのもいいかもしれない。

「ゆるさ」人を安心させるだけだなく自分を救うものでもあった

戦いの末にあるものは自由だと思う。でも、その戦いへ向かう過程や気持ちだって自由だったんだ。
彼女の言う「ゆるさ」は人を安心させるものだったが、同時に自分を救うものでもあった。

それに、数年たった今、
「え?そんなこと言ったっけ?」
くるくると髪をまきながらとぼけた表情の彼女をみると、ゆるさがもつパワーが実証されているような気がするのだ。