「他に好きな人が出来た」なんて陳腐な言葉で私を振った男からLINEが届いた。「久しぶり、元気?」と、これまた陳腐なよくある文言。まさかここまでテンプレートのような流れを体験するとは。思わず笑ってしまった。
急な別れ、整理できない気持ち、そして見つめた現実
男と付き合っていたのは一年半、それが長いのか短いのかは微妙なところだ。けれどその間ずっと私は男のことが好きだったし、愚かなことにそれは向こうも同じだろうと確信していた。今思うと綻びは確かにいくつもあったのに。それに気づかない馬鹿な私は何度でも「ずっと好きだよ」と言葉を紡いだ。
その日は付き合って一年半の記念日で、私は綺麗にラッピングされたプレゼントを持って男を待っていた。図体のわりに寒がりな男のためにと選んだブランケット。一時間ほど遅れて迎えに来た男はどこかよそよそしかった。「ごめん」と男は前置きして、別れのことばを零した。ブランケットの包みのガサリという嫌な音。そうして私たちは別れたのだった。
それからの私は見るに堪えない痛い女で、復縁すると言ったり諦めると言ったり、見返してやると言ったり振り返らせると言ったりした。ご飯が喉を通らないということが本当にあると初めて知った。街中で男と同じ香水の匂いがすれば泣きたくなった。
このままではいけないと思ったのはそれから半年後。本当は頭ではずっとわかっていたと思う。たとえ復縁しても前と同じには戻れないことも、男の言う「愛してる」に嘘がなかった代わりに「好きな人が出来た」ことが本当だということも。
男と別れてから、新しい私のデビュー
さて、私は当時ロングヘアーで色は生まれた時からの黒だった。お察しの通り、それは男の好みが黒髪ロングだったからだ。女は度胸、と飛び込んだ美容院で、勢いのままに茶髪ショートにしてもらった。鏡に映る自分を見て驚いた。今までしてきたどんなヘアアレンジよりも抜群に似合っていたのだ!
そこからは怒涛と言ってもいい。ひとつひとつ呪縛を解いては変わっていく。男の好みだったものから離れる度に輝いていく気がした。女の子らしいワンピースから大人っぽいシャツへ。持ち物はピンクから黒に。
驚くことに、それらは昔私が好んでいたものばかりだった。
一年経つ頃にはもう、男と通っていたラーメン屋さんに一人で入れるようになった。店主のおじさんは「また恋人ができたら連れてきてね」と笑った。もっと早く来ればよかったなと、それだけはちょっぴり後悔している。
逆にこちらからふっていた。強くなった私は彼を忘れていた
そして冒頭に戻る。なんて返そうか、そもそも返事をするべきなのか、と考えていると電話がかかってきた。出ると記憶のままの声がして、「久しぶり、元気?」とLINEで送ってきたそのままのことばが聞こえた。かけてきた理由は今はもうわからないけれど、それから二言くらい話して男が聞いてきた。「あれからどうしてた?」
もしもLINEが送られてきたら。もしも電話がかかってきたら。こう言おう、あれを話そう、と考えていたはずだ。そうか、その内容もすっかり忘れてしまうくらい、私はいつの間にか、彼のことが。
「謝りたいことがあるんだ」と、スッと言葉が出てきた。「ごめんなさい。これからも一生ずっと好きって言って。あの時は本心だったけど今は……」一拍置いて、少し迷ったけれど「もう全然、好きじゃないんだ」と締めた。きっと、前に考えていたものとは真逆のことを話しているのだろう。男は「そっか。残念」と笑った。それからまた少しだけ話して電話を切った。さよならと言って。
過去の私も、ごめんね。彼を好きでいつづけられなくて。絵馬に書いたお祈りも七夕飾りの願い事も叶えてあげられなくて。
でも君なら言うはずだ。そんな陳腐な男どうでもいい、失恋を乗り越えて自分らしさを取り戻したなんてやるじゃん最高! いつかそこまで辿り着くから待ってろよ、って。