26歳と5か月。社会に出て働くようになってはや4年目。
大学を卒業して、1度転職をした。今の仕事は3勤制。朝早い日もあれば、お昼過ぎから日付が変わるくらいまでの日、それに夜勤もある。ハードな勤務体系に一応見合うだけのお給料はもらっている。仕事にも慣れてきて、職場の人にも恵まれ、やりがいをもって働いている。
今回のテーマは、当たり前になってきた“働く”を考えるにちょうどいい。

憧れの仕事につけたのに、失敗の毎日

なんで今の仕事をしているのか。
給料?福利厚生?やりがい?前職の先輩に教えてもらった仕事を決める3つの理由。
私はというと、3つ目に当てはまるだろう。やりたいことをやる。をモットーに、これまでの社会人生活をスタートさせた。

最初に就いた職は、キャスター。小さい頃からなんとなくあこがれていた仕事だった。
私には到底無理だとあきらめていたが、「仕事はどうせやるんだ」と一念発起して、大学4年生の頃には全国各地のアナウンサーの募集枠に応募しまくった。友だちの就職がどんどん決まっていく中、一つの内定ももらえないまま。私には就活浪人なんて選択しはなかった。そんな焦りもあり、他の業種も受け、ありがたく内定をもらった。「もうここに決めよう」と考えていたが、最後の最後にエントリーしていた局から嬉しい連絡があった。そこが、私の就職先だった。

こんなにドラマティックに就職が決まったのに、なぜ転職を? そう思う人もいるだろう。
人間関係が悪かった。憧れの仕事につけたのに、失敗の毎日。最初は良くしてくれていた上司も、みるみる内に態度は一変。何度も悩んで、何度も泣いて過ごした。
今思えばあれはれっきとしたパワハラで、かけられた言葉は一生消えない。働くって何だろうと毎日疑問に思った。あこがれの職に就くために、必死にバイトをして交通費を絞り出して、アナウンサースクールに通って、なんとかつかみ取った内定。
ふたを開けてみれば、やりたいはずの仕事はいつも失敗だらけで、上司には「あなたを雇わなければよかった」と信じられない言葉も投げかけられた。

自分が嫌で、情けなくて、がむしゃらに頑張り続けた

就活の時、内定がゴールのように見えていたが全然違った。スタートラインに立てただけで、私はまっすぐ走ることもできていない。そんな自分が嫌で、情けなくて、がむしゃらに頑張り続けた。
その姿勢を先輩方には評価してもらえた。それに、取材先の街のみんなも、他所から来た私を受け入れてくれた。

もしからしたら転職しなくてもよかったのかもしれない。でも、私は転職の道を選んだ。「何をやってもできない人」の上司からのレッテルもつらかったし、何よりも、今の職場環境はおかしいと確認するためにも、ほかの会社で働きたいという思いがあった。
今よりもつらいことはたぶんないし、もっとひどい環境だったら地元に帰ろう。それくらいの気持ちで転職を決めた。

これまでのつらい経験が、私をここまで連れてきてくれた

冒頭に戻って、今はこんな勤務形態で働いている私だが、「どんな仕事をしたい」と、「私が働く理由」って、似ているようで少し違う気がする。
私が書いてきた内容は「なぜこの仕事を選んだのか」。

今回のテーマは「私が働く理由」。
働くって何だろう。少なくとも、今の私にとって、働くことは、生きること。今の私から仕事を取れば、生きていけない。かわいい猫のエサも買えなくなっちゃう。
でも、正直食べていくだけなら、バイトでもいいし、辛い夜勤の仕事はやらなくてもいい。女性なら家庭に入る選択肢もあるのかな? じゃあなぜ? 

私のモットーは、やりたいことをやる。恵まれたことに、やってみたい仕事、働き方、生き方の選択肢が豊富だ。それに、今、私は健康で働くことができる。なら、やってみたいことをやる。そのために選んだ仕事だ。
これまでのつらい経験が、私をここまで連れてきてくれた。北海道のド田舎にいた当時は、きっと見当もつかなかっただろうな。

仕事は、大変なこともつらいこともいっぱいあるけど、それ以上のものを与えてくれると思う。もちろんお金もだけど。
学生の頃には知り合えなかった人と出会えたし、私を何者かにしてくれるのも仕事だと思う。起きるのがつらい朝も、夜勤で眠たいし肌がボロボロになる夜もある。
だけど、大好きな猫と、いつも心待ちにしている休日を謳歌するために、これからも仕事と頑張って生きていこう。