「だから、お前が弟子で良かった」
滅多にデレない貴方が、珍しく私にそう言った。
酔っぱらいの戯言かと思って鼻で笑って流したけれど、今思えばあれは遺言だったのかもしれない。

師匠で、友達で、喧嘩仲間で、間違いなく恋人でもあった


夢を追いかけて、カタギでもヤクザでもない人間がなるものだといわれる男ばかりのこの世界に飛び込んだ21歳の冬。

大師匠の下で愚直に仕事へ取り組む貴方の背中に惹かれ、無理やり弟子にしてくれと頼み込んだ。
絶対弟子は取らない、まだ弟子を取る年齢じゃないと突っぱね続ける貴方の元にしつこく通い詰めて1年、初めて貴方が私を人に弟子だと紹介した日のことは、今でも鮮明に覚えてる。
貴方がつけてくれた銘を得意気に名乗った私に、調子に乗るなとげんこつを食らわせた貴方。
ものすごく腹が立って、その日貴方が食べようと楽しみにしていた大福にそっとわさびを仕込んだことは今でも後悔してない。
歳が近いせいもあってか、師匠であり、友達であり、喧嘩仲間であって。
好きだよ。も、愛してる。も言ったこと無かったけど、私達は間違いなく恋人でもあった。

師匠なんて柄じゃないと言っていた割に、私を「彼女?」と聞かれると、恥ずかしそうに頬をかきながら「弟子に手出すなんて師匠失格だよな」なんて言いながら笑ってた。
おっかない見た目と裏腹に甘いものと花が好きで、「タピオカ飲みたいから一緒に並んでよ」とお願いする貴方に「嫌だ」と言って意地悪をするのが好きだった。

弱い人だった。ずっと見てきたはずなのに、私、何も分かってなかった

「死者を想う時、天国ではその人の周りに花が降る」
という逸話を教えてくれたのも貴方だった。
そんなんあるわけないじゃんと馬鹿にする私に、女の癖に可愛げがないと言いながら笑ってた貴方。
めちゃくちゃムカついて、飲んでたお酒をぶっかけて掴み合いの喧嘩になったっけな。

「お前の背中を完成させるまで俺は死ねないよ」
大好きなお酒を飲みながらそう言って笑っていたのに。

目が覚めたら、死んでしまっているんだもの。
作業部屋の椅子に座ったまま、1人冷たくなっていたあなたをぼんやり見つめていたことを、未だにずっと覚えてる。
貴方は弱い人だったから、この腐りきった世の中に疲弊してしまったんだろう。
ずっと見てきたはずなのに、私、何も分かってなかった。
貴方が命を絶った最期の夜、深夜3時に一件だけ入っていた不在着信。
もし私が電話に出ていたら。酔いつぶれて眠っていなかったら。
貴方のそばにいたら。貴方はまだ生きていたのだろうか。

お焼香を投げつけて、「クソ野郎が」と言った。受け止められなくて

ねえ。
私の背中、まだ線も終わってないよ。
他の一門に作品を触らせることはご法度だって貴方よく言っていたよね。
私が貴方の唯一の弟子なのに、誰に続きをしてもらえばいいの。

ねえ。
あの日、棺にお焼香を投げつけてごめん。
クソ野郎がなんて言ってごめん。
あなたが死んだこと、受け止められなかった。

ねえ。
貴方の周りに、今花は降り注いでいますか。
もし降ってるなら、それは何という花だろうか。

5年たった今も、私の背中はあの日のままだ。
だって私は、貴方が残した最後の作品だから。
私がそっちに行ったら続きをしてね。
それまでに腕鈍らすんじゃないよ、失敗したらぶん殴ってやる。

ねえ、愛してたよ。