「大人だと思っていたから」
最後に電話したあの夜、彼は私にそう言った。呆れていたかな。
ちょっと戸惑っていたかな。もう何ヶ月も経つから、どんな口調だったかは忘れてしまった。でも少なくとも、そう思っていたのは、彼だけじゃなかった。私も同じように、どこかで、自分のことを大人だと思っていた。
「恋愛」なんかで、自分がブレることなんてないだろうと思っていた
私は昔から、友だちから「恋愛に興味なさそうだよね」と言われるような性格だった。周りからの言葉というのは、少なからず私という人間を形成することに影響すると思う。それだから、私も自分のことを、どこかでそう思ってきた部分があった。
私は、同世代のみんなと比べても、大人な考え方ができる方なのだろう。恋愛なんかに自分がブレることなんてないだろう。たとえ恋をしようが、自分の目標に向かって、ひたすら努力することのできる私。彼には自分の刺激になるような、高めあえる関係しか求めない、自立した大人だと。
たとえば、彼からの連絡があまりなくても、同じ話題が何日も続いていても、「好き」となかなか言われなくても、たとえ彼の浮気をほのめかす噂を耳にしたとしても。
でも、それは違っていた。本当の私は、私と彼、そして周りのみんなが思っていたような大人には程遠かった。だからあの夜、まるで何かが弾けたかのように、今まで無意識に押し込めてきた自分の幼い部分が溢れることを、とめることができなかったのだと思う。一方的な態度で私は、彼の浮気の噂を信じて、彼を責めた。
「遠距離だって平気だよ」
「私のことは気にせず楽しんできていいよ」
もちろん、彼はこんな私の言葉を心から信じていた。私も、そう言える自分の強さを、信じていた。いや、信じようとしていた。でも、それは所詮無意識の自己暗示を言語化していただけだった。今思い返してみれば、本当に薄っぺらい強がりにすぎなかった。
束縛しているかのような自分は嫌だったから、素直に言えなかった
会えないことは仕方ないとわかっていたけれど、それでも、絶対に平気なんかじゃなかった。誰かと飲みに行くたびにくれたその報告も、私は「いらない」と言って断った。
束縛しているかのような自分は、嫌だったから。「私のこと好き?」なんて聞きたくなる私は、もっともっと嫌だった。
でも、「好きじゃなかったら、付き合ってないよ」前に聞いたその言葉だけを信じ続けていられるほど、私は強くなかった。私は、自分にも彼にも、嘘をついていたのだ。ただ、そんな自分でありたかっただけ。
実際、あの頃の私は、そんな自分には少しもなれていなかった。そして、そのことに自分で見てみぬふりをしてきたからなのか、私はそれに気づくことができなかった。
だからこそ、冒頭の彼の言葉は、あの時の私をはっとさせた。ごめん。嘘をついていて。
あの時の私には、あなたに私のありのままを伝える自信がなかった。というより、そんな私を、自分で受け入れてあげられるような強さを持ちあわせていなかった。自分自身のことでさえ、ちゃんとわかっていなかった。
「大人」の定義は今もわからないけど、等身大の自分を信じよう
だから、ごめんね。全然、大人なんかじゃなかったよね。あの時のあなたと、私自身に「ごめんね」を言いたい。私には、あの時、あの電話で、ちゃんとあなたに謝れていたか記憶がないから。私が覚えているのは、ただ、駄々をこねる子どもみたいに「別れたくない」と何度も言い、彼を少し、困らせていたことだけだ。
あの時から月日が経った今でも、大人になるってどういうことか、定義することは難しい。恋愛において相手に干渉しすぎず、自分の夢を常に見据えて冷静でいることが、“大人”? 少なくともあの時の自分の中での“大人”は、そうだったけれど私の知る世の中の“大人”がみんなそうなのかと問われれば、今の私はきっと「そうだ」ときっぱり答えられないだろう。
正直、今の私が、あの時より大きく成長できているかどうかは、よくわからない。測り方もわからない。それでも、間違いなく、あなたのあの言葉は、私に大切なことを気づかせてくれた。
私を私だと受け入れるきっかけを与えてくれた。私が私自身と向き合い、変わろうと思えた第一歩だった。だから、今度こそ。あなたも私も、等身大の自分を信じて、相手を信じて、幸せになることができますように。