父に謝りたいことがある。私が初めてグミの実を食べた日のことだ。
ヒョロヒョロで細くて頼りない枝に、小さな実がひとつだけできた
うちの庭にはグミの木があった。兄が小学校を卒業するときに苗木を買って、庭の一番良く日が当たるところに植えた、細くてヒョロヒョロしたグミの木。毎日水をしっかりあげていたけれど、桜や梅の木が立派に育っていくなか、グミの木だけはなかなか大きくならなかった。
始めは家族でグミの実を楽しみにしていた。どんな味がするんだろう。さくらんぼ、それともいちごみたいな味?グミの実を食べたことがなかった私たちは、ワクワクして待っていた。
でも、グミの木のあまりの成長の遅さに、だんだんみんな興味をなくしていった。母は何の木か忘れたし、兄なんて、自分の希望で買ってもらったことすら忘れていた。庭の手入れを担当していた父だけが、毎日ちゃんとグミの木の面倒を見ていた。
そして、いつか私より大きくなると思っていたグミの木は、いつまで経っても私より小さいままだった。
そんなグミの木がついに実をつけたのは、兄が大学生のとき。相変わらずヒョロヒョロしていて風が吹けばすぐにしなる木だったけれど、細くて頼りない枝に、小さな実がひとつだけできたのだ。植えてから、すでに約10年も経っていた。
緑からオレンジへ、オレンジから赤へ実の色が変わった朝、父がうれしそうにグミの実を持って庭から戻ってきた。
「やっとできたよ!ほら、おいしそうでしょ。食べてごらん。」
あまりのまずさに、私は父に思いっきり八つ当たりした
兄はもうこのとき一人暮らしをしていて、うちに子供は私だけだった。私は大喜びで父からグミの実を受け取り、一粒をまるまる口の中に入れた。
ザラッ、とした口触り。口の中を無数の柔らかい棘が刺すような、何とも言えない不快な感触。そして、衝撃の渋さ。甘味も酸味も一切ない、ただの渋くてイガイガした実だった。3回くらい噛んで、思いっきり吐き出した。
「まずい!!本当まずい!!何これ!!!!」
私は台所に駆け込んで、何回も何回も口をゆすいだ。
「お父さん!!もう本当最悪!!まずすぎて口の中麻痺しちゃうよ、何でこんな変なもの食べさせるの!?」
あまりのまずさに、私は父に思いっきり八つ当たりした。
父はしゅんとして、「そっか、ごめんね」とだけ言うと、また庭に戻っていった。
その後、グミの木が実をつけることはなかった。風の強い日が続いたある日、ついに折れて、そのまま枯れてしまった。私が食べたグミの実が、最初で最後の実だった。
みんなすぐに存在すら忘れてしまったけれど、父は一生懸命育てていた
グミの実を食べた日、私は父に切れた。今思い返せば本当にくだらないが、当時は父のせいで一日が台無しにされたかのような気分だったと思う。思春期のせいもあってか、一日中父に怒っていた。
でも、自分がどれほどくだらないことで怒っていたか、それがどれほど父を傷つけたか、姪っ子と甥っ子ができた今ならよくわかる。
大事に大事に育てた木、やっとできた真っ赤な実。きっと、本当は父が一番食べたかったと思う。
最初はみんなに歓迎されて、たくさんの実を期待されていたグミの木。私も兄も母も、みんなすぐに存在すら忘れてしまっていたけれど、父は一生懸命育てていた。
息子の小学校卒業という記念に植えた木がついに実をつけたとき、一体どれほどうれしかっただろう。
でも、どんなに自分が食べたくても、自分がかわいいと思っている相手には譲りたくなるものだ。相手の喜ぶ顔が見られれば、我慢なんていくらでもできる。
なのに、あの日私は、父に喜んだ顔を見せてあげられなかった。
あのグミの実は本当にまずかったし、たぶん私の人生の中で一番口の中が気持ち悪かった日だった。それでも喜んであげられていたらよかったと思う。
お父さん、あの日、「ありがとう」って言えなくて、喜んであげられなくてごめんね。本当はお父さんが一番食べたかったよね。ごめんね。