「謝りたいこと」を考えた時、なぜかすぐ頭に浮かんだのは、小学生時代の出来事だ。
たしか私は小学4年生、体育の時間、ミニサッカーの試合。私の通っていた学校は小さく、1学年2クラスしかなかった。各クラス男女混合で4チーム、2クラスで計8チームの総当たり戦が行われていた。学年全体が熱狂し、休み時間や放課後に自主練をするチームもあった。

運動は好きだし得意な方だったけれど、「面倒くさい」と思っていた

その頃一番仲良しだった友達、ミキちゃんは、あまり運動が得意な方ではなかった。いつもの休み時間には、一緒に絵を描いたり、学校で飼っていたウサギを触ったりして過ごしていたものだ。自分の意見を強く言うこともあまりない、優しくて物静かな女の子だった。
ミキちゃんと私は別々のチームに振り分けられた。メンバーが決まっていくなか、スポーツ好きな男子たちの歓声が鳴り響く。ミキちゃんは不安そうに笑っていた。
おせっかいかもしれないが、私はミキちゃんを心配していた。彼女がのけ者にされやしないだろうかと、勝手に目を光らせていたのだ。でも、それは杞憂に終わる。

ミキちゃんはゴールキーパーとして才能を開花させた。股関節が柔らかく、ボールの上に座り込むようにしてゴールを守る。他の人なら簡単に抜かれてしまう股下のルートを、彼女はしっかりと押さえることができた。チームメイトから頼られ、日々練習にうちこむ彼女は、輝きを増していった。
向かってくるボールが恐ろしくてすぐに目をつむってしまう私は、彼女に怖くないのか聞いたことがある。彼女は言った。「こわいけど、大丈夫」と。ミキちゃんは威張るようなそぶりも全く見せず、控えめに笑うだけだった。そんなミキちゃんを見て、私は幼心ながらに胸を打たれたのだった。
私は私で、自分のチームの練習に参加する日々をおくっていたが、正直あまり楽しめてはいなかった。運動は好きだし得意な方だ。でもサッカーはそうではなかった。足でのボールの扱いが難しくて、他の球技に比べて上手くやれない。走るのが速かったためそれなりに試合には出されていたが、他の球技に比べて活躍の場は少なかった。当時は自覚していなかったが、私は多分「面倒くさい」と思っていたのだ。

呆然とするミキちゃんに、フィールドの外からとにかく謝った

ある日の体育の時間、ミキちゃんのチームが試合をしている最中、私のチームは休憩だった。他のチームメイトたちが次に当たるチームの試合を観戦するなか、私はミキちゃんの活躍を見るべく、隣のフィールドへ向かった。
ボールを追って走り回るひとには外から声援を送ることしか出来ないが、ミキちゃんはキーパーである。私は近づいて、ラインの外から彼女に話しかけた。ミキちゃんのチームが優勢で、攻防は敵のゴール近くで行われていたこともあり、少し喋るくらいなら平気だと思ったのだ。

何を話したのかは覚えていない。でも、本当に取るに足らないことだったと思う。その時ふたりしてハマっていたアニメの話とか、飼ったばかりの犬の話とか、そんな感じの。私たちはいつの間にかおしゃべりに夢中になってしまって、全くフィールド内の状況に目を向けていなかった。
突然、男子の怒声が飛んできて我に返る。見ると敵チームがすでにセンターラインを越え、すごい勢いでミキちゃんのいるゴールに迫ってきていた。ミキちゃんは慌てて体勢を整えたが、気持ちの動揺はプレーに如実にあらわれる。蹴られたボールが、見事にミキちゃんの足と足のあいだをすり抜けていく。慌てて追いかけたが遅かった。普段のミキちゃんなら逃すことのないコースを通って、ボールは静かにゴールへと吸い込まれていった。私はそれを、息をのんで見つめていた。

ボールを拾って呆然とするミキちゃんに、私はフィールドの外からとにかく謝った。泣いてしまいそうになったが、一番泣きたいのはミキちゃんだ。謝ることしか出来ない自分に腹が立った。
ミキちゃんは「いいよ」と言ってくれたけれど、全然「いいよ」の顔をしていなかった。ミキちゃんはリーダーの男の子に急いで駆け寄り、必死になって謝っていた。私がミキちゃんにそうしたように。そしてその男の子も、「いいよ」と言った。ミキちゃんが私にそうしたように。
試合が終わったあと、私も急いでチームリーダーの男の子に謝りに行った。彼は「お前が悪いんじゃないよ」と言ってくれたのだけど、私にはその後に「悪いのはよそ見していたミキちゃんだ」という言葉が続くように聞こえた。本気で消えてなくなりたいと思った。

ミキちゃんが何を思って許しの言葉をくれたのか、いつか聞いてみたい

その後のことは、あまり覚えていない。試合の勝敗も記憶にない。たしかなのは、この一件が原因で、ミキちゃんがチームメイトから仲間外れにされたり、私が責められたり、私とミキちゃんの仲が悪くなったり……そんなことは全くなかったということだ。日常が戻るのはあっという間で、私の中でだけ、あの出来事がいつまでもくすぶり続けた。

多分これが、私の物心ついて初めて経験した、強烈な「罪悪感」と「後悔」の記憶だ。世の中には、謝ってもどうにもならないことがあるのだと、少女であった私はその時、心底思い知ったのだ。

ミキちゃんは今でも大切な友達で、付き合いは20年以上に及ぶ。年に一度は会って近況を報告し合っているのだが、その最中に時折、この記憶がよみがえる。
ミキちゃんが当時、何を思いながら許しの言葉をくれたのか、いつか聞いてみたい。そして変わらず仲良くしてくれたことに、感謝を伝えたい。

ただ、情けない話なのだが、まだミキちゃんにこの話をするのがこわいと思ってしまう自分がいる。かなり昔の出来事なのに、腹を決めて向き合うことを躊躇してしまう。自分の弱さや甘さを痛感する。でも「謝る」ということは本来、全てがこれくらい苦しく辛いことなのかもしれない。いや、そうでなければ、意味はないのだと思う。大げさだろうか?でも私にとってはとてつもなく、大きな事件だったのだ。
ちゃんと覚悟が決まったら、ミキちゃんにメッセージを送ろう。「ねえ、覚えてる?」…ミキちゃんがどんな反応をするにせよ、私は最後まで真剣に話すつもりだ。彼女もきっと真剣に、私の言葉を受け止めてくれるはずだ。