私が小学校低学年の頃、父が蒸発した。父は姉と私を自室に呼び、「パパ、明日お引越しするから。」とだけ言い残して、身の回りの荷物だけを持って出て行った。私が大人になってから聞いた話だが、父は結婚当初から浮気癖のある人で、前科が二度ほどあるのだそうだ。

男はみんな浮気をするけど、お金だけは裏切らない

 父のせいで生活が困窮したかと言えばそうではなかった。母はそれ以前も看護師としてパートに出ていたが、正規雇用の看護師となり家計を支えてくれた。決して裕福ではなかったが、姉弟3人それぞれ2~3つずつ習い事をさせてもらっていたし、新築の一軒家に住み続けることもできたので、実際の生活は以前とさほど変わらなかった。
それでも、子どもながらに家計のことは心配していたし、母が看護師として健康に働き続けたからこそ、守られている生活だということは分かっていた。そんな母の姿を見て育った私は小学生ながらに「世の中は金だ」ということに早々に気づき、お金に執着する子になった。お年玉は全額貯金するし、お菓子やおもちゃはねだらない。実に可愛げのない、ケチな子だったように思う。

 私は高校生になりアルバイトを始めた。もちろんお金のためだ。なるべく時給の高いところを探し、唯一の楽しみは通帳の残高が増えることだけだった。土日祝のシフトは少しだけ時給が高いこともあり土日も休まず働いた。そのせいで、初めてできた彼とはなかなか会えず、結局「新しい彼女が出来たから」と振られることになった。男はみんな浮気をするけど、お金だけは裏切らないから、とやっぱり私は働いた。

まさか自分が水商売をすることになるとは思いもしなかった

 大学生になった私はもっと時給の高いアルバイトをしようと、ファミリーレストランの深夜バイトを始めた。22時から翌6時まで働き、シャワーだけ浴びて8時の電車で通学する生活は本当にきつかったが、高校生の頃から比べると時給は格段に高かった。さらに、お客さんがいなければ、スタッフルームで勉強することもできた。
しかし本業は大学生。ゼミでの研究や趣味に時間を費やすためにももっと時給の高いところで働きたいと思っていた。さらにイギリスへの短期留学も決まっており、何が何でもお金が必要だった。

 そんな時、偶然お客さんとして来店していた旧友に誘われスナックで働いてみることになった。時給1,800円、20時半から26時まで働いて1万円を即金で受け取れる。まさか自分が水商売をすることになるとは思いもしなかったが、条件は良かった。
それまで居酒屋にもカラオケにも行ったことがない、世間知らずなウブな大学生だった私にはかなり刺激的な世界ではあった。それでもお金のためなら、とセクハラおじさんと酒を飲み、おべっかを使った。時給とたまにドレスに挟まれるチップがなによりの励みだった。

お金に執着する考えは今も変わっていない

 待遇の良さに甘え結局大学卒業まで働いたスナックでも、男は浮気をすることを思い知らされた。
接客中に親ほどの年が離れた妻子ある客が口説いてくることが何度もあったし、大人の関係を求められることもあった。最初は恐怖と驚きでショックを受けたが、何人かからの誘いが続くうちにあしらい方にも慣れた。代わりに全力の作り笑顔でお店に誘い、お金を使わせた。それでも満足そうに帰っていく客を見て、哀れに思うと同時にやっぱり男は浮気をする生き物なのだと諦めがついた。

 私は安定したお金を稼げる仕事に就きたいと思い、卒業後は銀行に就職した。母のように男性の庇護を受けなくても生活していけるだけの経済力が欲しかった。
社会人5年目の今、二度の転職を経て、順調に年収を上げている。しかし、お金に執着する考えは今も変わっていない。お金だけは絶対に裏切らない。きっとこれからも満足することはないだろう。