「この先一緒にいてもメリットがないし、将来性を感じない」

 突然告げられた別れの言葉。徐々に滲んでいく視界を手の甲で抑えながら、絞り出した「なんでか、聞いていい?」に返ってきた答えがこれだった。
 大学4年の晩秋、彼は2個上の社会人。付き合って3年の記念日を目前に、それはもう青天の霹靂だった。
 当時の私は、本当に健気で、「お願い、悪いところは全部直すから」なんて、迷う素振りすら見せなかった彼に泣いて縋って、最後は合い鍵を返して、片道4kmをめそめそと引き返した。

『メリット』って?価値や利益がないってこと?

 それから数日はことあるごとに泣きそうだったけれど、1週間が経つ頃には冷静になっていた。ふられた理由を思い出してみる。恋人間に生じる『将来性』とは。『メリット』とは、なんぞ。
 『将来性』は、なんとなくわかる。多分、結婚や子育て、義家族、老後の暮らしなど、2人の今後について浮上してくる、人間関係や金銭面のことだ。
 じゃあ『メリット』って?価値や利益がないってこと?ちょ、待って。あんたあの時、私のこと無価値って言ったのかふざけんな。

 …なんて、今ならそう思うけど、当時の私は本っ当にかわいい性格をしていて、「1年後、将来性もメリットも感じてもらえる人になって、彼に思いを伝えにいこう!」って思った。なんでだ。
 まあ、その1カ月後に来た「寂しい」という復縁を乞うメッセージで、完全に気持ちが冷めてしまったけれど。どこで見かけたのか、父と飲みに行った先の居酒屋に乗り込んできた時には恐怖を覚えたけれど。

何年か越しにあの時の彼の気持ちが分かった

 その後、社会に出てから付き合った人は、1年半経ったある日、「海外留学をしたい」と突然言い出した。お互いに不安はあったけれど、今しかないんじゃないかと背中を押したのをきっかけに、春からの遠距離が決まった。1年後、日本に戻ってきたら籍を入れようねと指を切ったけれど。
「男は楽観的だから(中略)先のことはなんも考えてないわ。帰るのも延長するかも」
 仮にも入籍を口にした男が「先のことは考えてない」とか同じ口で言うんじゃねえ。私はどんな気持ちであんたを待ってなきゃいけないんだ!

 …それでも、見知らぬ土地での彼の生活を思って、最初は黙って話を聞いていたが、その小さな蓄積は、秋の終わりに限界が来た。別れたくない理由がわからなくなってしまった。親にお金を借りながら遊んで暮らし、いつ帰国するかわからん奴のために、私がしている貯金の意味とは。そこで頭をよぎる「将来性がない」。朝になると来ている彼からの連絡がしんどくて、出勤前についた吐き癖。精神を摩耗させる言葉の数々に「メリットがない」。ああ、こういうことかと思った。何年か越しにあの時の彼の気持ちが分かったような気がした。

「好き」なだけではその人とこの先を約束するには心許ない

 遠距離だからこうなってしまったのかもしれない。でも、遠距離をしたから気付けたことだった。
 さすがに「将来性がない」なんて言わなかったけれど、別れの申し出に「お前が言ったから留学したのに」。ひとかけの情も完全に消えた。どうぞお元気で。

 恋愛をするにあたって、ものさしというものをみんなそれぞれ持っていると思う。30歳を目前にした私のものさしは、「好き」なだけではその人とこの先を約束するには心許ない、ということ。そういう意味では、不本意ながら『将来性』と『メリット』という目盛りは消せないのかもしれない。あーあ、恋愛ってもっと楽しくてキラキラしていたと思うんだけどなあ、なんて。学生時代が随分遠くなってしまったことにちょっとだけ嘆きつつ、呪いのような2つのキーワードを恨めしく思いつつ。

 それでも、こういう話はいい酒の肴。
 本当は学生時代の友達と会って飲みながら話したいけど、今は難しいから、これから1人でビールでも飲みます。