「君のことは好きだけど、俺じゃ君を幸せにできない」
これが、私が彼に振られた理由だった。

なんて聞こえのいい振り文句だろう、と降られて吹っ切れた後には思った。
まるで、私のことを大切に思うからこそ、私に幸せになってほしいからこそ、そう告げたかのように聞こえる。なんて聞こえのいい振り文句だったんだろう。

その言葉を告げられた時は、全く理解ができず、納得もできず、「私の幸せをあなたが決めないで」と言い返した。
その振り文句にどれだけの真意があったかなんて知りもしないで。

「尽くす」ことが「好き」を伝える手段だと思っていた

彼とは付き合って5年が経っていた。
彼は私の初めての彼氏だった。
だからかどうかはわからないが、5年経った今も私は彼のことが大好きだった。
毎日会いたいと思っていたし、頻繁に連絡を取りたいとも思っていたし、とにかく嫉妬深くなっていた。
私は、世間に言わせれば「重い女」の部類に入る方だったのだろうと思う。
彼の生活に合わせていたし、彼の都合に合わせいたし、彼と会う時間を優先していた。
私は彼中心の世界で生きていたのに、彼は自分中心の世界で生きていた。
それ故に振り回されることも多々あった。
もちろんその度に文句を言ったりもしたけれど、それでも私は彼に尽くすことをやめられなかった。
恋愛初心者の私は「尽くす」ことが「好き」を伝える手段だと思っていた。
今思えば、それが私が彼に振られた理由の一つだったのだろう。

「苦しむことになったとしても、真実を知りたい?」と友人の告白

その日はなんの前触れもなく突然やってきた。私は彼と別れることになった。
交際は順調だった。はずだった。1週間前にはデートに行って笑い合っていたし、昨日だって電話でたわいもない話をしていた。なぜふられるのか、理由がさっぱり浮かばなかった。
毎日泣いた。ご飯も食べられなくなった。
1週間で5キロ痩せた。納得なんてできなかったけど、もう戻れないことだけは別れを告げた彼の瞳を見ればわかった。

ボロボロになっていた私に友人から連絡がきた。
「後悔することになったとしても、苦しむことになったとしても、真実を知りたい?」
友人は、私の知らないところで彼と会って話を聞いていた。
「知りたい」
迷いはなかった。

彼はアルバイト先の先輩と浮気をしていた。
その先輩女性から「彼氏と結婚の話になっていたのに、最近うまくいかない」と相談をされていたらしい。何度か飲みに行って話を聞き、ある日共に朝を迎えたとのことだ。
衝撃だった。そんな素振りは微塵も感じなかった。彼はいつから私に嘘をついていたのだろう。
人間不信とはこのことだ。何を信じればいいのかわからなくなった。

憔悴しきる私に「ただ、あなたのことを彼が本当に好きで大切に思っていたことは本当だよ。だから、彼はあなたと別れたの」と、友人はつづけた。
「その先輩女性と付き合うことにもなってないよ」と小さな声でつけ足した。
私には理解しがたい考え方だった。
大好きで大切なら、真実を話して土下座でもして謝って、私をもっと大切にしてくれればよかったのに。この後に及んで、まだ私は彼中心の世界から抜け出せていなかった。

私のことを思うなら、まだ好きだなんて言わないでよ

「君のことは好きだけど、俺じゃ君を幸せにできない」
あの日、そう言った彼の瞳には涙が浮かんでいた。
何を言っているのよ。
本当のことは何も言わないで。
何を言っているのよ。
私に嘘をついた罪悪感から逃げたかっただけのくせに。

何を言っているのよ。
私のことを思うなら、まだ好きだなんて言わないでよ。
何を言っているのよ、浮気してたくせに。

私が見てきたものはなんだったんだろう、私が信じてきたものはなんだったんだろう、私はちゃんと彼を見ることができていたのだろうか、私はちゃんと彼と恋をしていたんだろうか。

私が彼に振られた理由。
それは彼が彼の罪悪感を抱えきれないほど弱かったから。
私が彼を愛することと彼に固執することをはき違えていたから。
そのことに気がついた時、ようやくこの世界は私を中心に回り始めた。